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※幻想郷では月日の数え方が現代日本と違いますが、このssでは現代日本方式とさせていただきます r'\ く`ー-、 ,' ハ \ | ;、 \ __ / ! ', | | \ ; ン ̄  ̄ヽ ヽ、| i | |>"/ヽ..,,_ _,,,.....ノ\ ヽ | _____ ト.ァ' ;/  ̄ 「 ̄\ヘ/`i. _/ ヽ _ |/ _ノ 〉 ソ、_」 / / ○ ヽ ヽ_____∞____ヽ__/メ) / / ○ i 八 | /'i`ト、.| ̄/ | -!‐;ハ '; | ノ) i 〃 {ハ_ハ_,!V ハ レ'、i l │ i| \ !;ハ rr=-, u r=;ァ | |\ i '; メ) i iソル rr=-, r=;ァ从|i i ,〈 7 u  ̄ u  ̄ ト、__ソ/´∨ハ, i i  ̄  ̄ . . ソ i ! ノノ! u ` U ノ / ヾメ)、 i ヽ、 'ー=-' . .ハ / /メソ ヽ -- イ´ \メヽr-、 ヽルイ≧.、.,___∩ノ ⊃ ハ_ハ /メソ. \u J /人 '、メ/ | ( \ / _ノ ,(メノ '/` ‐rァ、 '´ //`>‐- 、 ,,>'r‐<´ く ̄`Y7ー-ァ | くヽr-‐ァ'´ // \! /|\ \ ,ハ _」 ' , |/ ヽ、」__/ ;' ∨ ! \r┘ .  ̄7 「 ∨l>o゚ / |、 \__/ 「よし、撲殺してやるから動くな」 「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」 博麗霊夢は火焔猫燐(お燐)に馬乗りになりながら、能面のように血肉の通わない無表情で死刑宣告を告げた。 8月27日。夕暮れの博麗神社の庭にて、霊夢が奪還してきた自らのパンツを証拠品として縁側に置きつつ続けられる抑揚の無い棒読みの言葉は、 手足をバタバタと動かしながら泣き叫んで命乞いをしているお燐の耳に残酷にも響き渡る。 もう1人の実行犯であるキスメは漬物石で桶の中に閉じ込められながら、次は自分の番かと膝を抱えてガタガタと震えている。 「おっ、お姉さんごめんなさい! 許して! ほんの出来心なんです! 美味しそうだったんです!もう二度としないからやめてグーパンチやめてマジで!」 「右腕はやるよ お前も もう おやすみ…」 「聞いてねぇぇ!? あたいの話きいてねぇよこの人!? お姉さんってか霊夢さん! ちょっそんなオーラ全開の拳で殴られたら頭無くなるっ! 消し飛ぶッ! ねぇっ! そんな悲しそうな顔してとどめさそうとしないでよぉっ!」 事の発端は霊夢がつい最近初めてパンツを買ったことである。 彼女が普段履いているようなドロワーズではなく、パンツだ。 そう、パンツである。シルクの、純白の、乙女の、パンツだ。 少女達が空を飛びながら弾幕ごっこをする幻想郷ではパンツを愛用する者は殆どいない。 ドロワーズ、スパッツなど、見られてもいい下着ばかり。 パンチラなどという単語を使う機会など幻想郷の人間には一生あるかないかという貴重さ。 故に珍しい。 だからこそうら若き乙女のパンツとなれば好事家に高く売れる。そして何よりも美味い。 少女のかいた汗やらナニやらが染み付いたそれは、まさに乙女の光輝く青春の1ページを食べるような素晴らしい味わい。 生で食べてもよし、焼いて食べてもよし、湯に通してしゃぶしゃぶにしてもよしの最高級の食材である。 となれば当然盗もうとする輩が現れる。パンツ密猟者の登場である。 それがお燐とキスメであった。 お燐が猫特有のしなやかな挙動で対象に気付かれないようほかほかのパンツ狩りをして、 キスメの桶の中に保存する。 完璧なコンビネーションだった。 今回お燐は霊夢が風呂に入ろうとした隙に犯行におよんだ。 けれども生憎目撃者がいた。 『ゆっくり見ていったよ!』 霊夢のペットであるゆっくりれいむである。 今も縁側にてどや顔で笑うゆっくりれいむに見られてしまったことは、お燐の大誤算であった。 「洗って箪笥の中にしまっているパンツじゃ駄目なんだ! 料理も死体も出来立てのほやほやに限るんだよ! パンツだってそれは同じさ! お姉さんの脱ぎたてのパンツという至高の料理は脱衣所という厨房にて完成するんだ!」 この拘りゆえに監視者に見つかるという失態をしてしまったのだ。 『ゆ~♪』 ゆっくりれいむはこれから先の惨劇に期待して目を輝かせながらころころと転がっている。 自前のパソコンが壊れてからは趣味のグロ画像収集が出来なくなったゆっくりれいむ。 おかげさまでここ数週間、ゆっくりれいむの猟奇趣味を満たす行為は、 ナメクジに塩をぶっ掛けてのた打ち回って縮む姿を見ることぐらいだった。 ゆっくりれいむはグロ画像にとても餓えている。 可愛い女の子のR18G画像はいいね♪ グロ画像はゆっくりできるね♪ 「さて、じゃあさっそく処刑しよっかな♪ 今夜は猫鍋と漬け物にしようね♪」 『ゆ~♪』 動物性蛋白質を取れる為に上機嫌な霊夢が青空のように爽やかな笑みを浮かべながら言った。 ゆっくりれいむもぽよぽよと子供のように跳ね、そして頷く。 お鍋とは季節はずれもいいところだけど、霊夢のおひざの上で食べられることがゆっくりれいむは大好きだった。 「……ねぇお姉さん」 お燐が笑いあう外道共に向かって声をかける。何か奥歯に物が引っかかったような顔をしている。 何か言いにくい事を言おうとしているような、喉に言葉が出掛かっているような、そんな顔。 「何よ猫肉。遺書を残す事は許すけど命乞いは受け付けないわよ」 「…………お姉さん、下」 「ん?」 「下、履いてる?」 現在の状況。 霊夢=お燐に対して馬乗りでマウントポジション。霊夢のパンツ=床の上。 =生。 「なななななっ!?」 途端に顔を真っ赤に染めしどろもどろになる霊夢。 狼狽してしまうが故に馬乗りの体勢を崩し、後方に盛大にすっ転んで尻もちをつく。 霊夢のスカートがその際ばさりと捲られ、お燐の目の前には桃源郷が広がる。 思わず一瞬見惚れてしまい、その光景を目に焼き付ける。 「に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」 この猫のような悲鳴を挙げたのはお燐ではなく霊夢だった。 羞恥心から冷静さを失いつつも、即座にスカートの中身が見えないようにばっと手で抑える。 そして拘束が緩んだ隙を見逃すお燐ではなかった。 「キスメ! 今だ逃げるよっ――っていねぇ!? アイツあたいを置いて逃げやがった!」 相棒の薄情っぷりに涙しながらもすぐさまばっと空を飛んで逃げるお燐。その速さは脱兎の如く。 「逃がすかぁ!」 霊夢はすぐさま起き上がり体勢を立て直すものの、下に何もはいていない状態で空は飛べないことに気付く。 霊夢は「う゛~」と涙目で唸り声を上げて数秒躊躇した後、 「ちくしょ~!」とヤケになったように叫び声を上げながら、お燐とキスメの飛んでいく方向へと走って追いかけた。 そして後に残るのはゆっくりれいむのみ。その視線の先には霊夢のパンツがあった。 『……ゆっくりしていってねぇ』 ゆっくりれいむは霊夢達の走り去った方向を向いた後、ぽつりと呟いた。 ゆっくりは下着を着用しない。それもそのはず、生首に下着なんて着ける場所はない。 と、いうよりも下着を着けるという概念すらなかった。 だから霊夢がパンツを脱ぎ脱衣籠に放り込んでも何も思わなかったのだ。 けれども、先ほどの皆のパンツに対する執着ぶりを見ているとムラムラとなんともいえない感情がゆっくりれいむの中に沸き上がった。 パンツというものはどのようなものなのだろうか? これをつけると一体何が変わるというのだろうか? 何故皆霊夢のパンツを求めるのか? いや、もはや理屈はどうでもいい、目の前におにゃのこのパンツがあるのだ。被れ。食え。 ゆっくれいむの奥底で眠りから目覚めた本能らしきものが声をかけてくる。 『誰もいないよね!』 幸いにもパンツは目の前にある。 ゆっくりれいむはキョロキョロと周囲を見回す。 警戒しすぎだと思うが、それにしてもこしたことはない。 そう、今からゆっくりれいむはパンツを身につけ、五感でその全てを感じ取るのだ。 ゆっくりれいむは好奇心を中心とした様々な感情を発生源としたドキドキワクワクに頭を高鳴らせながら、霊夢のパンツを被った。 その瞬間、世界が反転した。 霊夢のパンツ。 それを着けている際は弾幕ごっこはしないと彼女は誓っていた。 それゆえに誰にも見せない、不可侵の乙女の聖域。それを犯す快感がそこにはあった。 被って感じることとして、まず景色が違う。 太ももを通すであろう二つの穴から見る景色の素晴らしさといったら、 西行妖がたとえ満開になったとしても霞んで見えるであろうと思うほど。 次に肌触りが違う。 頭を包み込むそのしっとりとした柔らかさといったら我が子を守る聖母のよう。 それは霊夢のスベスベの白い太もも、きゅっと引き締まった可愛いお尻、将来生命を宿す揺り篭となるであろう温かい下腹、××××(検閲済み)を包み込んだこの世で最も優しい布。 更に匂い。 夏の気温はパンツに霊夢エキスを存分に染みこませ、極上の芳醇な香りを放っている。 その匂いを思い切り吸い込むと、 朝風呂から上がってきてパンツを履く霊夢、魔理沙を初めとした友人達と笑いながらだべる霊夢、 お茶を飲んでほっと一息をつく霊夢、ゆっくりれいむのご飯を鼻歌を歌いながら作る霊夢と、 霊夢の過ごしてきたであろう一日が脳裏を駆け巡る。 そして、お燐達が最も重要視していたもの―― 『どれ、あじもみておこう』 スカートという通気性溢れる衣装を身にまとったがために、 蒸らすという霊夢エキスを染み渡らせる一工程が犠牲にされたが、 その代わり風を存分に受け乾燥させることで霊夢エキスが旨味を凝縮させる。 それは中国の超高級食材乾燥アワビを遥かに凌駕するに違いない。 ゆっくりれいむはぺろりと舌を伸ばして霊夢のパンツを舐める。 『ンほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』 瞬間――ゆっくりれいむは歓喜の雄叫びを上げた。 これを表現できる言葉をゆっくりれいむは知らなかった。 ただ――理解した。 今までの自分は死んでいたのだ。これより本当の意味で生きるということが始まるのだ。 あぁ、生首妖怪ゆっくりしていってね。 自らの姿形の意義は、その生はこのときのためにあったのだ。 「ねぇゆっくり、何私のパンツ被って絶叫してんの? 」 主人の声が背後から聞こえ、ゆっくりれいむは現実という名の地獄に引き戻された。 積んだ。ゆっくりれいむはその声を聞いた瞬間で自らの生の終わりを直感した。 「逃げ出したバカ共を捕まえて戻ってきたら、ゆっくりの大声が聞こえたんだもん。びっくりしたな~」 ゆっくりれいむにとって霊夢の猫なで声は、 聖書に書かれていたこの世の終わりを告げる笛の音のような響きがした。 そういえば主人は亜空穴という、瞬間移動のような技を持っていた事を思い出すゆっくりれいむ。 走って追いかけるのではなくてそれを使えばいいことに気がついて、そしてそれを使って帰ってきたというところだろうと理解した。 ゆっくり、ゆっくりと振り向くと、そこには両手にお燐とキスメを引きずっている霊夢。 そして上を見ると、大好きな霊夢の笑顔。 ただし返り血がこびりつき、赤く染まっている。誰の血であるかは言うまでもない。 先ほど霊夢の顔を羞恥心で真っ赤に染めた者達のものであろう。 『ゆ……ドロボーかられいむのパンツを守ってたよ! 大事にかぶってたよ!』 「へぇ、いい子ね」 『ゆっくり褒めていってね! いますぐ褒めていってね!』 「いいわよ、よしよし」 霊夢はにっこりと、口の端が耳に掛かるほど大きく笑いながらゆっくれいむの頭を撫でた。 そう、自らのパンツごと。優しく、優しく。 ゆっくりれいむはガタガタと震えだす。恐怖で震えが止まらない。 ここまでの命の危機を感じたことは以前pix○vに【霊夢 R18G】タグのイラストを投稿したことが霊夢にバレた際以来だ。 『ゆっくりしていってね! わたしちょっとおでかけしてくるね! いってきます!』 「駄目」 『…………………………』 「…………………………」 『…………………………』 「…………………………」 『…………………………』 「…………………………」 『へるぷみー』 「キルユー」 「お姉さん熱いって! 猫鍋ってこんな殺伐としたものじゃないからっ!」 「…………(コレクションしたギャルのパンティと共に漬けられ、その生涯に悔いなしだと思っている)」 『季節はずれってレベルじゃねー!』 「らん♪ らん♪ らら♪ らんらんら~♪」 上機嫌で鼻歌を口ずさみ夕食の準備をする霊夢。今晩の献立は猫鍋と漬け物とお汁粉である。 後日、自らの主人のパンツを被ったゆっくりが多数目撃されることになったというが、すぐに収まった。 幻想郷はいつも平和である。 ※8月31日 若干修正 何気にカテゴリー①と対になってるタイトルですねw AAのキスメ以上に、れいむの描写がいい意味でむかつくんだけど、その後の 被った時の描写の真剣さや、怯えぶりが何とも 戻ってきた霊夢が割と本気で怖いけど、合間に見え隠れするネタ(pixivに投稿とか) で余計に噴きましたw にしても何故ここまでエロくないんだろう -- 名無しさん (2010-09-01 22 07 45) これは完全にアウトww この幻想郷はもう本当に駄目かもしれんねwそしてお燐の行動に対するさとり様の反応が気にかかるw -- 名無しさん (2010-09-20 13 20 40) 変態しかいねえwwww -- 名無しさん (2016-05-12 21 15 00) 名前 コメント
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‐0‐ 「わたしの初恋は、和ちゃんだったんだ」 ‐4‐ 上から聞こえるやかましい音が、わたしの意識を現実世界に引き戻す。 ガチャガチャ言ってる目覚まし時計の頭を思いきり叩く。 鳴りやんだ時計の短針は「8」を指していた。 枕元に置いてあるスマホを確認する。 11月26日の予定、特になし。会社は休み。 これならもう一眠りできると思い、布団の中に潜り込んでみる。 しかし、頭の隅でなにかが引っかかっていて、それが睡眠をしつこく妨げていた。 わずらわしい。 原因はよくわかっていた。先程まで見ていた夢だろう。 それについては、今更なにを見せてくれたのやらと呆れる反面、 結局今でも確認できていないことを、まざまざと教えられているわけで、 どうにも気持ちよく横になることはできない。 この日付も原因だ。 仕方ない。今日はもう起きてしまおう。 ささっと用意したトーストとバターと目玉焼きとをテーブルに並べ、 軽く朝ご飯を済ませる。窓の外は明るい。おでかけ日和だ。 なにも予定はなかったけれど、せっかくなので作ってしまおうかと考えた。 壁に掛けられたコルクボードをぼんやり眺める。 沢山の写真が、隙間なく留められていた。 昔通っていた学校、車窓から見えた山、大きな時計塔、夜のビル群。 懐かしい笑顔の人たち。 でもその笑顔は、わたしからそっぽを向いているように見えていた。 ‐5‐ 適当に映画鑑賞でもしようかと、電車を乗り継いで町に出る。 スーツを着込んだ仕事真っ最中の人たちとすれ違いながら、 ぶらぶらと道を歩いていく。 「あれ、和さん?」 声をかけられた。振り向くと、同じ会社で働く後輩が立っていた。 後輩も休みのため、ラフな格好をしている。 「こんなところで会うなんて偶然ですね」 「そうね。あなたは、なにか用事?」 「いえいえ暇つぶしです。どうしよーもないくらい暇だったんで」 せっかくなので、わたしたちは行動を共にすることにした。 この後輩は、わたしの一年後に入社してきた。 非常に人懐っこい性格で、同期は勿論のこと、 一通りの先輩とも入社一年目から仲良くなってしまった強者だ。 仕事については、やる気はあるが、どうも空回りしがち。 しかし人間関係は上手く構築できているため、 よく周りから手を貸してもらうことができている。 わたしも幾度となく彼女の手助けをしてきて、その度に懐かれてきた。 「そういえば先輩の私服って初めて見ます」 少しどきっとした。 「わたしも、あなたに同じこと思ってたわ」 「まあ、休日会うような機会もなかったですしねー。 じゃあ今日は記念日ですね?」 「そこまでのものじゃないわよ」 わたしは肩を竦めて、くすりと笑った。 後輩の顔にはそれ以上の笑顔が浮かんでいた。 「じゃあじゃあ、適当に服見ていきましょうよ」 「お金あるの?」 「無いので見るだけです!」 こういった潔いところも、後輩の長所。 少し遠慮が足りないといえるかもしれないけれど、 これといって嫌悪感を持つことはなかった。―― ‐2‐ ――二十歳という区切りを越えたわたしは、バスに揺られながら、 市内の多目的ホールに向かっていた。 鞄の中に入っているのは、成人式の招待状。 車内には同じ目的地なのだろうなと思しき人がちらほら見られる。 スーツに身を包んだ若い男性に、華やかな振袖の女性。 一方でわたしは黒い、パンツスタイルのスーツを着ていた。 せっかくの機会だから振袖を着てみないかと両親には言われたものの、 自分はこのスタイルが一番しっくりくる上に、 振袖は色々手間がかかるということで、今の服装になった。 若いうちにやっておかなくちゃ後悔するかもしれないと、 誰かが言っていたかもしれないけれど、 やりたくないことをやって後悔することだってある。 前の女性が歩きにくそうにしながらも、なんとかバスから降りた。 その後ろについて行って、さっと降車する。 後ろはまた振袖を着た女性が降りようとしていた。 ホール前は市内の二十歳で溢れていて、そこかしこから歓声が上がっていた。 久しぶりの再会だ、嬉しくないわけがない。 ホールの入り口に向かって歩いていると、 わたしもすぐ同じ体験をすることになった。 「おっ、和!」 走り寄ってくる女性。 その姿は、多少違う点が見られるものの、概ね変化がない。 時を重ねてもイメージ通りの彼女が目の前に現れて、 わたしは何故だか急に吹き出してしまった。 「ふふっ」 「なんで笑う!?」 「ごめんごめん、あまりに律のままだったから」 「くっそー、わたしだって成長してんだぞー!」 律は案の定スーツ姿だったけれど、 カチューシャを外し、髪は下ろされていた。 「律がいるってことは、澪も一緒に来てるでしょ?」 「ああ。ほら、あそこに」 指された方向を見ると、華やかな振袖によく似合う、 落ち着いた雰囲気をもった澪が、わたしの知らない人となにか話している。 中学時代の友人だと、律は話した。 成人式は自分の住所を基準にして会場を振り分けられる。 つまり、高校時代の友人とはあまり会うことがなく、 小中学校の友人との再会が自然と多くなる。 小中学校の友人は、高校に入ってめっきり会わなくなった人も多く、 懐かしさもひとしおだろう。 一方で律や澪とは高校で会った友人のため、懐かしさはそう大きくない。 大学に入っても一緒のお互いにとっては、尚更のことだと思う。 そして、わたしにも恐らく大きな懐かしさは感じないだろう友人が、 ここに来ていることも推測できていた。 「あぁ! 和ちゃんにりっちゃん!」 ほら来た。抱き付かれる直前に、頭を押さえて制止させた。 「はいはい、せっかくの晴れ着が崩れるでしょう」 「ぐむむむ……」 「はは、この扱い方も変わってないな。そういえば和は留学したんだって?」 「ええ、半年だけね」 「酷いんだよー、わたしに相談の一つもなしに行っちゃうんだもんー」 この子の家を訪れた、あの日を思い出す。 留学をするか決断しきれず、心の中を右往左往していた時期だった。 そんな時、ふとしたことでこの子のお母さんに家へ呼ばれ、 この子に久しぶりに会って、勇気づけられた。 本人に自覚はないみたいだけれど、本当に助けられたと思ってる。 ただ、その悩みがとても大きかったことと、 まさかこの子と二人きりで対面することになるなんて思わなかったこととで、 あの時のことを聞き出すことは出来なかったのだ。 口を尖らせているこの子――唯を見る。 今、唯は隣にいる。 いつも通りの唯が。―― ‐6‐ ――服以外にも色々見ていこうと、デパートに入る。 お金がないと言ったばかりのはずだったこの後輩は、 遠慮一つしないでそこかしこを次々と見て回る。 見たことのあるような英語の文字列を視界の隅に捉えながら、 ここ割とお値段高めのブランドよね、などとモヤモヤ考えていた。 「いつかこんなの来て、街中を歩いてみたいですー!」 「したり顔してるあなたの顔が思い浮かぶわ」 「あ、わかります」 「本人が言ってどうするの」 後輩は照れ笑いを浮かべ、頭の後ろを掻いた。 「あ、これ和さんに似合ってるかも」 「……そうかしら」 「普段の和さんとはイメージ変わりますけど、似合いますよー。 もう少し髪伸ばしたら、さらに似合うと思いますけど」 わたしは肩にも届かない自分の髪に指を通した。 無抵抗に指が髪の間を通り、そしてすぐにするりと抜けた。 少しずれてしまった眼鏡の位置を直した。 「髪は伸ばさないんですか?」 「そうね。この長さだと楽だし、それに」 「それに?」 「ずっと昔からこういう髪型だったから」 なら、余計に変えてみるのもいいと思います。 後輩はわたしと、その服とを並べてまじまじ見ながら、そう言った。 ‐7‐ 特に理由もなくインテリアショップに入っていった。 入るや否や商品に手を伸ばす後輩は、 こんな柔らかいソファがあれば、ベッドがあれば、 もう贅沢は言わないからクッションでもあれば、 すぐに暮らしは変わるんだと、しきりに熱弁していた。 買えばいいのに、と言うとお金がないと言う。 わたしの部屋には座椅子が一つある。 実家から持ってきたもので、それだけ長い年数使っているのだから、 当然のようにオンボロである。 「買い替えればいいじゃないですか」 「物は大切にするものよ。使えるうちは使っておくの」 「これはこれ、それはそれです。変えた方が結果的に経済的だった、なんてこともありますし」 「それ実体験?」 「……つい一ヶ月前に修理に出した掃除機が、再び故障しました」 「なるほどね」 買い替えの時期を見極める。それは少し苦手かもしれない。 後輩が、なら小さなものから新しくするのはどうでしょう、と言ってきたので、 小物売り場を見ることにした。 部屋の中に緑を増やす模造の草花。 適当なものをしまうのに丁度いい小柄で可愛らしいカゴ。 落ち着きのある橙色を含んだランプ。 心安らぐ香りのアロマオイルと、ディフューザー。 「へえ……」 意外なことに、初めは小さなことから始めようと思っていたそれは、 いつの間にやら部屋全体の雰囲気を変えようという段階まで進んでいた。 「ノリノリになってきましたね?」 「見るだけだから」 そうは言っても、頭の中の想像を止めることは出来ない。 本当に実行してしまおうかしら、と考えるぐらいには進んでいた。 お金に余裕が出来たら、あるいは実現できるかもしれない、 そんなことを思っていたところに、あるものがわたしの目を引きつけた。 「でも、そうね。これ買おうかしら」 「コルクボードですか?」 「家にあるのは一杯になっちゃったから」 「ははあ、なるほど……で、その家にあるものには、 どんな写真を貼ってあるんです?」 「学生時代の写真がほとんどね。風景とか、友達との写真とか」 「えー、彼氏とかの写真じゃないんですかー?」 「いないわよ、そんなの。できたこともないし」 会話が途切れる。首を回すと、後輩は目を丸くしていた。 「い、意外です。和さんって、こんなに綺麗で、仕事もできるのに」 「ありがと」 「これだけ揃っていると、高嶺の花ってことで手を出しにくいとか……?」 「勝手に想像膨らまされると困るんだけど」 「あ、和さんって女子高だったんですよね。 あれですか、和さんってボーイッシュでしたし、モテました?」 「モテちゃいないわ。友達に、そういうのが一人いたけれど」 「うはぁ~、やっぱいるとこにはいるんですね~。 でもその人がいなければ、和さんがそのポジションだったのかもしれませんね!」 わたしは苦笑いをすることしかできなかった。 つくづく遠慮のない子ね、と心の中で呟いた。―― ‐3‐ ――唯たちの大学では今日、学園祭が行われている。 大学の学園祭は、高校までのものとは比べ物にならないほどの規模で、 一つ一つの質も非常に高い。 三年生となったわたしや唯たちは、来年就職活動であくせくすることになる。 となれば今年に一番力が入っているわけで、わたしはそんな唯たちの演奏が聴きたく、 本人たちには伝えずここに来たのだった。 演奏までの時間はまだ少しある。 しばらく他の催し物を見て回ろうと思ったが、その矢先のことだった。 唯の姿を見つけた。 唯は誰かと一緒に歩いていた。 ショートカットで、後ろ姿は男性に見えなくもないが、 ちらりと見えた整った綺麗な顔立ちから、女性だとわかる。 その女性の腕に、唯が自分の腕を絡めた。 女性は迷惑そうに振り払おうとするものの、唯もなかなかしぶとい。 大学でも、唯は誰かに懐いていた。 わたしは、唯たちの圧倒的な演奏を客席から聴いて、それから、帰宅した。 唯がお父さんと同じような、海外出張の多い仕事に就いたと知ったのは、 もう唯が日本から出て行ったあとのことだった。―― ‐8‐ ――ウィンドウショッピングもそこそこに、 デパート近くにあったレストランへ足を運ぶ。 周りを見ると家族連れの人も多く、値段設定もやさしいお店だった。 向かい側の席では、後輩がメニューを広げて唸っている。 「目玉焼きとハンバーグの組み合わせって半端ないと思うんですよ。 誰なんでしょう、この組み合わせを考案した天才は……」 「そう。じゃあわたしペペロンチーノにするね」 後輩はハンバーグにすることまで決めたものの、 上にチーズを乗せるか目玉焼きを乗せるかで逡巡していた。 そういえば今朝の目玉焼き、トーストに乗せて食べるのも良かったかもしれない。 後輩は首をあっちへ捻り、こっちへ捻りを繰り返し、 また随分と時間をかけてから、メニューの一ヶ所を勢いよく指さした。 「決めました、目玉焼きにします!」 「店員呼ぶわね」 注文を店員に伝えてから、新しいお冷も一緒に頼む。 既にグラスの水は半分以下になっていた。 「和さんはそのコルクボードに、なに貼るんですか?」 「そうね……これから写真を撮る機会があれば、それを貼るでしょうね」 「じゃあここで一枚撮っときます?」 「そんな程度のことで貼ってたら、あっという間に埋まっちゃうわよ」 「地味にキツイこと言いますよね、和さんって……」 自覚はないのだけれど。 「それにしてもここから始まるんですね」 「なにが?」 「和さんの部屋、劇的ビフォーアフターがですよ」 頭の中で、例の曲が流れ始める。 「そこまでのものじゃないけれど、そうね。ちょっとずつ変えなくちゃね」 「和さんって、髪型はそうですけど、私服もあんまり変えない人ですか?」 「さすがに高校時代のものは着ていないけれど、趣味はそう変わってないわ」 「ほうほう。眼鏡も変わってないですしねー」 「一応いくつか持ってるのよ。これをメインで使ってるだけで」 「失礼いたします」 そこにピッチャーを持った店員が現れた。わたしのグラスに水が注がれる。 まだ半分以上残っていた後輩のグラスにも、同じように水が満たされる。 グラスを傾ける。中の氷がかちゃりと鳴いた。 冬本番間近とはいえ、ぬるい水よりは冷たい水がおいしい。 静かにそれを口に近づけ、喉を潤した。 喉をすっと通り抜ける冷たさが心地よい。 頭もじわりと冷えていくようだ。 その頭で、ふと先程の会話を思い出す。 「……待って。あなた、わたしの高校時代をどうして知ってるの?」 「あっ」 「眼鏡のことは一つも話してないはずだけど?」 「……あちゃー」 後輩は頭を掻きながら、困ったような笑みを作っていた。 私服のこと、髪型のことは言ったものの、眼鏡のことは一つも言っていない。 「いやまあ最後まで隠すつもりはなかったんですよ。 ほんと、どこまでバレないかなーって遊んでたっていうか」 「あなたも桜高の生徒だったってこと?」 「はい。和さんの、一つ下の学年でした」 初耳のことだった。 「今まで知らないフリをずっとしてたのね……」 「いえでも、私服とかは知りませんよ。 あと、会社に入りたての頃は全然気づきませんでしたし」 しばらく一緒に働いていて、わたしが桜高に通っていたことを知り、 最後はこの眼鏡と髪型で気がついたのだという。 「まあ、だからどうってわけじゃないけど。 よく今まで隠し通せたものね」 「ですねえ。まあわたしも、なんかの式とかで、前に立っていた和さんを見たぐらいです。 気づかれなくても無理はないですね」 しばらくして、それぞれ注文した料理がテーブルに運ばれる。 後輩はこういう性格をしていながらも、 意外とナイフとフォークを器用に扱い、ハンバーグを切っていた。 「そういえば和さんって、軽音部のあの方と仲がいいんですか?」 「軽音部の子たちとは友達だったけど、誰のこと?」 「ほら、演奏の合間のトークで無茶ぶりしまくってた人ですよ」 唯のことだ。 「ああ……そうね、結構仲良かったわよ」 「ですよね。なんか、たまにあの人が和さんに引っ付いてるとこ見ましたもん」 「あの子は誰にでも引っ付く子よ」 「なるほど。わたしもよく引っ付いてた人だったんですよー」 「あなたが?」 「特定の先輩だけでしたけど」 一口大に切ったハンバーグを、 とろっと流れ出ている目玉焼きの黄身につけて、口に運ぶ。 後輩は目を瞑り、しきりに頷いた。 「やはりエッグハンバーグにして正解でした」 「それで、その先輩とは今も会ってるの?」 「あ、はい。今でも仲良くしてもらってます。 初めは随分と迷惑がられましたが、先輩が三年生のときの学祭で、 思い切って気持ちを全部ぶつけてみたんです」 「それで上手くいった、ってことね」 「そういうことですね」 この子は上手くいった。でも、わたしはわからない。 不意にそんな言葉がわたしの脳裏に浮かび、ぐるぐると渦を巻き始めた。 わたしはわからない、とはなんだ。 上手くいかないかもしれない、ということだ。 なにが上手くいかない、というのか。 それは、あの日を境に知ろうとしたことだ。 機会なら何度もあった。それが全て流れてしまった。 だからわたしはあの日のままでいながら、 実は少しだけでも変わってしまったソレに接しながら、 そのズレに長い年月悩まされていた。 悩みは年月で薄くなり、溶けてなくなる。 しかし不意の出来事でまた凝固し、こうして眼前に表出する。 目の前の後輩を見る。珍しく、ちょっと自己嫌悪の感情を覚えた。 「でもね、唯はもう日本にいないの」 「あ、唯っていうんですか、あの人。ライブの紹介で言ってましたっけ。 でも日本にいないっていうのは、どういう……?」 「海外出張の多い仕事に就いたみたいでね。 あの子、親もそうだったから、影響されたのかしら」 「へえ。なんだかカッコいいですね。できる大人、ってやつでしょうか!」 胸の奥が、軋む音が聞こえる。 少しのズレは、もう、決定的なズレだった。―― 2
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気がつくと、目が熱かった。 唯「あれ……?」 それに視界も霞むから、目を何度も何度も擦った。 唯「……なんで……」 憂とはもうこれでおしまい。 今まで一緒にいたのも、一緒に笑ってきたのも、今日で終わり。 これから憂は、わたしのところにはいられない。 わたしがいられなくしたんだ。 それがどんなに辛いのか、まだまだわかってないのに辛かった。 唯「……うい……」 泣いてなんかいなかったけれど、目を拭った服の袖は濡れていた。 ── ──── 部屋の戸を閉め、ベッドに沈む。 憂「……」 お姉ちゃんは、わたしの言葉を遮った。 たぶん、なにを言うのか分かってたんだ。 わたしはどんなにばかなことだったかも知れず、勢いのままに言おうとした。 お姉ちゃんに抱くこの気持ちは、ずっと胸に秘めていたものだったけど、ただあの状況がいやでつい口から漏れた。 憂「ばかだな、わたし」 だからお姉ちゃんはそんなばかな自分を止めてくれたんだ。 わたしのお姉ちゃんだもんね。わたしのことはお見通し。 こんな気持ちはだれにも言っちゃいけないんだ。 お姉ちゃんにだって。 憂「……」 明日、梓ちゃんからのお話。 聞きたくはなかったけれど、聞かなきゃいけないのは分かってた。 ──朝。 いつも通りにご飯を作って、いつも通りにお姉ちゃんを起こしにいく。 いつも通りにしなきゃ。 憂「お姉ちゃん、起きて」 でもやっぱりできなくて、お姉ちゃんの体に触れなかった。 唯「うん……」 いつもよりはやく帰ってきた返事は、わたしに出ていってと言っているようで、わたしはすぐに部屋を出る。 憂「じゃあ着替えてきてね」 唯「……」 返事はない。 毎朝のことだけれど、わたしにはそれがとても苦しかった。 憂「あ、おはよう……」 唯「おはよう……」 いつもなら待ってるのに、今日はもうご飯は済ませた。 なんだか、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったんだ。 一足先に家を出た。 お姉ちゃんには、用事があると嘘をついて。 憂「……」 学校に行きたくなかった。 お姉ちゃんと笑って、いっしょにいられればよかった。 なのに昨日あんなことをしてしまった。 全部、わたしが悪いんだ。 憂「そうだよ……」 こうなったのは、わたしのせい。 自分を責めて責めて、もう心が限界だったけど、これ以上迷惑かけたくないからなんとかこらえた。 いつもふたりで通っていた道を、ひとりで歩く。 けれども体は、倍より重い。 足は、ただ意志もなく進んでいた。 「あっ憂おはよう」 教室へ入ると、声をかけられた。 憂「あ、梓ちゃん。おはよう」 梓「う、うん」 いつものように交わす返事だけれど、どこかぎこちない。 わたしはでも、なにも変わらず振る舞った。 梓「きょ、今日のこと……」 憂「うん、わかってるよ。放課後ね」 梓ちゃんが緊張しているのがわかった。 梓「ありがとう!じゃ、じゃあね」 そそくさとわたしから逃げるように梓ちゃんは去っていく。 一度も目は合わせなかった。 そのことに、なんだか罪悪感を感じ、後ろ姿を目で追った。 憂「……」 わたしだって、割りきらなきゃ。 授業は頭に入らなかった。 どうみても集中できていない梓ちゃんとか、なんだかよそよそしい純ちゃんも気になったけど、わたしの頭には何も入らない。 お姉ちゃんのことも考えた。 今頃どうしてるかなとか、課題わすれてないかなとか、今のわたしはそれだけの余裕しかない。 どうすればいいのか分からないんだ。 こういう時、いつも頼りにしてたのはお姉ちゃんだから。 だからどこにも頼れる当てがなくて、泣きそうにもなったけど、泣いたって誰も助けてはくれない。 それに、これは自分で作った状況だ。自分でなんとかしなきゃだめ。 心を奮い立たせて気を保とうとするけれど、辛くて辛くて折れそうになる。 お姉ちゃん。 どれだけ大切だったのか、分かってなかったのかな。わたし。 そんなことを考えているうちも、時間はあっという間に過ぎて、放課後のチャイムが鳴り響く。 次々と出ていくクラスメイトたちを横目に、空を見た。 憂「ちゃんと決めなきゃ」 もうあとは、自分で責任をとらなきゃいけないよ。 しばらくして、人気のなくなった教室に、ふたりだけ。 どこからともなく口を開いた。 憂「もう平気かな」 梓「う、うん」 声色が震えてる梓ちゃんを見ると、手も震えてた。 そんなにならなくても、平気だよ。 梓「う、憂」 憂「はい」 梓「わ、わたし……」 そうだよね、わたしがしっかりしなきゃ。 梓「えと……その」 だから大丈夫、大丈夫だよ。梓ちゃん。 梓「憂のこと、好きなの!」 そっか。 梓「だから、もしよかったら、つ、付き合って……ください」 梓ちゃん、わたしのこと好きなんだ。 梓「あ、あの……?」 うれしいな。そんなこと思われてるなんて。 憂「ありがとね、梓ちゃん」 梓「……い、いや」 憂「わたし……」 こんなに幸せなのは、すごく久しぶりな気がする。 梓「……」 ほら、梓ちゃんがわたしをの言葉を待ってる。 わたしだって、いつまでもお姉ちゃんなんて言ってられないよ。 憂「……」 今までありがとね、お姉ちゃん。 憂「わたしは……」 ……大好きだったよ。 ── ──── 唯「ただいま」 誰もいない部屋に呼びかける。 いつもなら、あの子が迎えてくれる。でも、もういつもじゃないんだ。 部屋のカーテンは閉めきって暗いまま、ベッドに倒れ枕に顔を突っ込んだ。 唯「憂……」 返事もあるはずのない名前を呼ぶ。 だめだよ、もうあずにゃんのところだもん。 唯「……うい……」 呼んだって、来てくれるわけじゃないんだよ。 唯「うい……いや、やだよ……」 ばかみたい。自分のせいでしょ。 唯「おねがい……もどって、きてよぉ……」 悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。 それでもわたしは、ずっとひとりのまま。 ── ──── 夕焼けがオレンジに照らす道を、ふたりで歩いてた。 憂「ね、梓ちゃん」 梓「は、はい?」 まるで機械のように動く梓ちゃんの横顔は、淡く染められてとってもきれい。 憂「手、繋いでいい?」 梓「えっ?え?」 そんな初々しいところもまた新鮮で、わたしから手を取った。 梓「あっ……」 憂「えへへ」 梓「あ、ありがと……」 憂「んーん」 梓「……憂、わたしね」 憂「なあに?」 梓「……憂のこと……」 そして、 夕焼けがかなわないくらい、顔を真っ赤にした梓ちゃん。 わたしの顔は、どうなってるかな。 今握ってる手は、いつもとは違うけど、 これからは、これがいつもの風景なんだ。 それをわたしは、その手に想いを込めるよう、 強く握って確かめた。 おしまい。 戻る
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第313話:神様なんていないけどもし居たら 作:◆qEUaErayeY 【このレディと共に倒れていたので既に死亡したか気絶しているものと思っていたが──いやはや、無事でよかった! それにしても、ふむ、君は何者だね? 魂からして人間でも吸血鬼でもダンピールでも食鬼人でもないようだが……】 肺の痛みを堪えつつ目の前の相手との間合いを計る。警戒心は解かない。 こいつ、俺が普通の人間じゃないって気づいてる? なら近からず遠からず曖昧に答えるのが得策か。 後は話題転化。大丈夫、カードで鍛えたポーカーフェイスで切り抜ける。顔に出やすい少女は今は居ない。 「確かに“普通の”人間では無いけど一応人間。他のやつより治癒力が高いだけ。 俺から見たらあんたのが全然吸血鬼に見えないよ」 【我輩はゲルハルト・フォン・バルシュタイン! 子爵の位を賜り、グローワース島の】 …いや、繰り返せとは言ってないから。 【傷の具合はどうかね?】 「…まぁ、なんとか」 【いやはや、全く君の回復力には敬意を表するよ!】 「そりゃどうも」 とりあえずあの後、簡単な自己紹介(もちろん自分が不死人であることは伏せてあるが)と情報交換を 済ました結果、お互い殺意が無い事が分かり、それから他愛も、少なくとも自分にとって本当に他愛も無い 会話を続ける事、数十分。とっとと何処かに行くのかと思ったら(きっと自分がそう願ってただけだけど) どうやらこの長ったらしい名前の血液子爵はコミュニケーションを止める気は無いらしい。 文字通り何も言わないから分からないけど(もともと意思疎通は苦手だ)たぶん怪我をして動けない 自分を気遣って残っててくれているのだと思う。本当はもう動ける程度には回復してるんだけど。 まぁ、どっちにしろ今襲われたら対抗する術が無いから正直ありがたい。相手が素人ならともかく 先ほどのウルペンのような特殊な攻撃を仕掛けてくるようなやつが出てきたらひとたまりもない。 この島には変な奴ばかり集めらてるらしい。小さな溜め息を一つ、完治したばかりの肺から吐き出す。 …どうやら俺の周りに集まるやつは、お人好しか、明らかに敵意を露にしているやつの可能性が高いらしいな。 【服は着替えたほうが良いであろうな。そんな血みどろの格好ではレデイに対する第一印象は最悪の部類に属するだろう。 あぁ、いや他の紳士淑女に対してもだがね!】 「分かってるよ」 慣れないやりとりに、最初は戸惑いつつも、数分で違和感が無くなったのは自分の適応力のおかげと言うか、頼るのは視覚じゃなくて聴覚だけど似たような口うるさい旅連れがいるせいと言うか、 はたまた非日常が日常茶飯事故と言うか。そもそも自分自身が非日常の塊なのだから人(?)のこと言えないし。 そんな事を考えていると不死人として何十年も生きてきた自分に、大半の人間があたりまえに持ってる日常を少しづつ分け与えてくれたのが他ならぬ、霊感の強いネガティブ思考の少女だったのだと改めて思い知らされた。 ごろんとコンクリートの上に再び寝転がる。背中がひんやりと冷たい。真昼といってもそんなに気温は高くないようで降り注ぐ日差しも眩しくはあるが熱波というには程遠い。そもそもこの世界に季節なんてものが存在するのかは知らないが過ごし易い気候だ。全く、こんなとこを配慮するくらいなら、最初から俺たちを巻き込まないで、どこかもっと遠くの次元で殺し合いなり何なりしてもらいたかった。教会のやつらはこの状況を見てもまだ神様が存在すると思うだろうか? 透き通るような青空は依然変らない。流れる雲は白い。自分達が居た世界とは大違いだ。 …っと、そろそろ無駄な思考は中断。今は生き残る方法を最優先で考える。 とりあえず今後の方針は固まってる。時間的にもう始まるであろう放送を聞いて死亡者と禁止エリアを確認した後、武器を調達しつつ人気が集まりそうな場所へ移動。子爵とは此処で別れよう。 キーリに再会出来たら、また怪我してるとか言われるだろうけど、きっと何だかんだ言って人に負けないくらいあいつも擦り傷だらけでいるような気がする。早く見つけなきゃ。 ぐるぐるといろいろな考えが頭を占領する。するとネガティブ思考なのは自分も同じようで最悪の事態が頭の隅を掠めた。 今まで考えないようにしてた事。じわじわと範囲を広げていく。それはまるで大地震のP波のような災害直前の警鐘。 いや、直前と言っては語弊がある。P波が発せられる時点で災害はすでに確定事項であり、始まっているのだ。 今の自分にとっての最悪の災害、それは…。 もしキーリが死んでいたら…自分はどうするだろう。 自殺する? …それは絶対ありえない。そんな簡単に死ねないし。痛いのやだし。 ゲームに乗る? …昔のように兵士として淡々と人を殺す姿を思い浮かべるのは、そんなに難しいことでは無い。むしろ…。 協力者を集めて脱出する? もう、キーリは居ないのに? ………あぁ、興味ねぇ!! ガバッと勢いをつけて起き上がる。赤銅色の瞳にはもう青い空は映ってない。 脱水症状も治った。肺も完治した。あとは放送を待つのみ。 そっと目を閉じて心を静める。どんな結果が出ても冷静に対処できるように。 そして第二回目の放送が始まる。どうか杞憂でありますように…。 【No Life Brothers?】 【C-8/港町/1日目・12 00】 【ハーヴェイ】 [状態]:完治。動くのに支障無し [装備]:なし [道具]:支給品一式 [思考]:武器調達をしつつキーリを探す。ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン。 [備考]:服が自分の血で汚れてます 【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】 [状態]:健康状態 [装備]:なし [道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」 アメリアのデイパック(支給品一式) [思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている [補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません この時点で子爵はアメリアの名前を知りません ※アメリアはD-4エリアに埋葬されました。(ただし、墓に名前はありません) ハーヴェイは不死人・核の事については話してません。 子爵も祐巳の食人鬼について話してません。 2005/05/11 修正スレ95-96 ←BACK 目次へ(詳細版) NEXT→ 第312話 第313話 第314話 第309話 時系列順 第334話 第286話 ハーヴェイ 第350話 第286話 子爵 第350話
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憂「あったかいうちにどうぞ」 さわ子「そうね」 さわ子「おいしいわ~」 憂「ありがとうございます」 唯「憂の料理はほんとにおいしいんだよ!」 さわ子「今までも何回かご馳走になってるけど、やっぱり憂ちゃんの料理は最高ね」 憂「そんな、大したことないですよ」 さわ子「一人暮らしだと食生活乱れちゃうのよね~」 憂「大変なんですね」 さわ子「まあね」 唯「大人って大変なんだね」 さわ子「憂ちゃんは大丈夫だけど唯ちゃんは大人になるの苦労しそうね」 唯「そうかな?」 憂「お姉ちゃんはやる時はやる子ですから」 唯「そうだよね、私頑張るよ!」 さわ子「憂ちゃんお母さんみたいね」 憂「先生は過大評価しすぎですよ」 憂「私だってまだまだ子供です」 さわ子「自分の事を子供だと思えるのは大人の証拠よ」 唯「子供が大人?大人が子供?なんだかよく分かんないや」 さわ子「唯ちゃんはまだそんな感じでいいと思うわ」 ――― 唯「おいしかった~」 さわ子「ご馳走様でした」 憂「おそまつさまでした」 唯「さわちゃん次は何して遊ぶ?」 さわ子「勉強しなさい」 唯「え~」 さわ子「え~じゃないの、私もあんまりお邪魔してるわけにはいかないもの」 唯「なんで?」 さわ子「仕事よ仕事」 唯「ふ~ん、忙しいんだねさわちゃん」 さわ子「そうよ、教師がこんなに忙しいとは思わなかったわ」 唯「じゃあもう帰っちゃうの?」 さわ子「そうね、ぼちぼち」 唯「つまんな~い」 憂「お姉ちゃん無理言わないの、先生にも都合があるんだよ」 唯「そうなのか~」 さわ子「私だって本音を言えば遊びたいわよ」 唯「じゃあいいじゃん」 さわ子「やらなきゃいけない事をほったらかしには出来ないの」 唯「大人だから?」 さわ子「そ、大人だから」 唯「そっか~・・・」 さわ子「唯ちゃんは勉強頑張って大学に入って」 唯「うん」 さわ子「それで大人になれば今の私の気持ちが分かる時が来るわ」 唯「そうかな」 さわ子「そうよ」 憂「ほらお姉ちゃん、先生を困らせちゃ駄目だよ」 唯「はーい」 さわ子「じゃあ帰るわね」 憂「はい」 唯「またね」 さわ子「ちゃんと勉強するのよ」 唯「分かってるよ」 さわ子「もう受験まで何日も無いんだから」 唯「はいはい」 憂「お姉ちゃんの受験日は・・・」 唯「確かカレンダーにマル付けてたような」 唯「えっと・・・」 唯「今日は1月31日だから」 さわ子(1月31日?) さわ子(あれ?もしかして今日って) 唯「あ!今日さわちゃんの誕生日!」 さわ子「えっ」 唯「朝からなんか引っかかってたんだよね、そっか誕生日か!」 さわ子「え?なんで唯ちゃんが知ってるの?」 唯「確か前に誰かに聞いたんだよ」 さわ子「あー私も前に誰かに聞かれて教えたような」 唯「それで何となく覚えてたんだけど、当日になって忘れちゃったんだね」 さわ子「そっか今日私誕生日だったんだ」 憂「先生誕生日だったんですか、おめでとうございます!」 唯「おめでとうさわちゃん!」 さわ子「あはは、ありがと」 唯「それで何歳に」ムギュ 唯「んーんー」 憂「あはは」 さわ子「・・・」 さわ子「ありがと、唯ちゃん憂ちゃん」 さわ子「それじゃ今度こそ帰るわ」 唯「うん」 憂「またいらしてください」 さわ子「ええ、ごちそうさま」 憂「はい」 さわ子「それじゃあね」ガチャ 唯「ばいばーい」 憂「さようならー」 さわ子(誕生日・・・か) さわ子(誰かに誕生日を祝ってもらうなんて久しぶりだったわね) さわ子(この歳になると誕生日とかどうでもよくなってきて) さわ子(忘れることも多くなってきた) さわ子(自分の年齢もぱっと出てこないもの) さわ子(・・・そっか、今日は私の誕生日なんだ) さわ子(昔は誕生日パーティーとかやったりして楽しかったな) さわ子(もう大人になっちゃったんだ、私) さわ子(・・・) さわ子(でも) さわ子(なんだか今年の誕生日は楽しかったわ) さわ子(まさか教え子に祝ってもらう事になるなんてね) さわ子(・・・素敵な誕生日プレゼントじゃないの) さわ子(大人になって、昔の事を思い出して寂しくなったりもするけど) さわ子(大人だから感じる事の出来る気持ちもあるのね) さわ子(私は幸せ者だわ) さわ子(唯ちゃん達だけじゃなく、クラスみんないい子で) さわ子(こんなにいい子たちに囲まれて仕事出来るなんて) さわ子(・・・) さわ子(ありがとう、みんな) さわ子(ハッピーバースデー私) さわ子「よーし、明日からまた頑張ろ!」 さわ子「あ、せっかくだから隣の神社でお願いごとして行こうかな」 さわ子「何お願いしよう」 さわ子「えーっと」 さわ子「彼氏が欲しいです」 さわ子「なんちゃって、今のは無しでお願いしますね」 さわ子「お賽銭は・・・」 さわ子「あら、一万円札しか無いわ」 さわ子「・・・ま、いっか!」ヒョイ さわ子「あの子たちが全員志望校に合格しますように!」パンパン さわ子「一万円入れたんだから絶対叶えてよね神様!」 さわ子「駄目だったら承知しないから!」 さわ子「・・・さてと」 さわ子「今度こそ帰ろ」 翌朝 さわ子「おはようございます」 掘込「おはようございます、おや?」 さわ子「何か?」 掘込「教師の貫禄が出てきたな」 さわ子「えっ」 掘込「ま、まだ学生みたいな顔だが」 さわ子(嬉しいような悲しいような) 掘込「しっかりやれよ」 さわ子「・・・はい、ありがとうございます」 教室 和「登校する子も大分減ってきたわね」 風子「そうだね」 唯「和ちゃん風子ちゃんおはよー」ガラッ 和「おはよう、唯」 風子「おはよう」 唯「あのね、昨日さ」 和「あ、もう席について」 唯「えー」 和「ギリギリに来るから」 唯「そうだけどさー」 さわ子「みんなおはよう」ガラッ 唯「おはよー」 さわ子「ほら席について」 唯「はーい」 さわ子(さて、今日も頑張ろ!) 和「起立、礼、着席」ガタガタ さわ子「それじゃホームルームを始めます」 おしまい 戻る
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律「よし! 練習はこれくらいにして、そろそろお茶にするか!」 梓「お茶の前に練習するようになったのは進歩ですけど 結局練習時間よりお茶の時間の方が長いじゃないですか~」 紬「じゃあ、すぐに用意するわね!」 唯「ムギちゃん、なんだか最近練習よりお茶淹れる方が張り切ってるね」 梓「ムギ先輩……」 梓ちゃんには悪いけど、私はこのティータイムが部活の時間で何よりも楽しみ 何故なら…… 澪「ムギ、今日のお茶も美味しいな」 ティータイムの時 私の隣には痩せてるくせにボイン…… 澪「ん、なにムギ? そんなに私の方ジロジロと見て。なにか私変?」 紬「え? ううん、なんでもないの」 標準体型のボインが座ってくれるから! ちょっと前までは仲の良いただの友達でしかなかった でも今は違う とあることがきっかけで友達以上の感情が芽生えてしまった きっと澪ちゃんも同じ気持ちを抱いていると思う そうであってほしい なんだか一度そんな意識をしちゃうと、普段の学校生活で 澪ちゃんの近くへ行くにはなんだか変に緊張しちゃって勇気がいる だから、気兼ねなく澪ちゃんの隣に座れるティータイムは私にとって大変貴重な時間となった だけど、そんな恋に障害はつきもの 律「ムギは、澪がそんなに飲んで食べてするから『澪ちゃん最近太ったなぁ』 って感じでジロジロと見たんだよ、きっと」 澪「なっ! なんだとぉ~!」 律「ひゃん! こわ~い」 澪「可愛く怖がっても駄目だ!」ペチン!! 律「いでっ! 私の可愛いおでこがっ!!」 このデコが私とボインの間に立ちふさがる 澪「ムギはそんなこと思ってないよな」 紬「え? うん……」 澪「いや、もうちょっと強く肯定してもらわないと……」 律「ほらほらぁ~、ムギだってそう思ってるってことじゃん」 デコというのは勿論、我が軽音部部長のりっちゃん りっちゃんは高校生のくせにおデコなんか出しちゃって 最初会ったときは正直ギャグかと思った あんなに積極的におデコを出すなんて私には考えられないし 少なくとも私には出来ない 律「いやぁ~、ムギを見てると昨日の私を見るようだ」 澪「どういうことだよ」 律「昨日、私も同じようなこと思ってたから」 澪「律っ!!」 律「ムギも、お淑やかなのはいいけど、ちゃんと言いたいこと言わなきゃ 私のようになれないぞ」 梓「律先輩のようになっても……」 律「おいおい、それはどういうことかな、中野よ」 澪「ムギ……本当に、そう思ってたの……?」 紬「ち、違うのよ澪ちゃん」 律「じゃあ、どのような思いで澪を見てたのかなぁ~?」 紬「えっと……澪ちゃん、今日も綺麗だな、って」 澪「えっ!? あの……えっと……。あ、ありがとう」 唯「あらあら」 梓「まぁまぁ」 律「おいおい、なに甘い空気漂わしてるんだよ……」 そう、私が澪ちゃんに対して特別な想いを抱き始めたのは 3年生になってから間もない頃 軽音部のみんなでお花見に行ったあの日…… ~ ~ ~ ~ ~ 律「じゃあ、明日の休みの日は軽音部で花見な!」 唯「わーい!」 さわ子「飲むわよー!」 梓「先生も来るんですか……」 さわ子「当たり前じゃない! 私だって軽音部の顧問なんですもの」 澪「あんまり羽目を外しすぎないで下さいね」 さわ子「それはシラフの私に言われても保証できないわね」 澪「はぁ……」 唯「で、昼間にするの? それとも夜?」 律「そりゃあ、花見と言ったら夜桜だろ」 紬「あの……ごめんなさい。私、その日は家のことで夕方から予定があって……」 律「あ、そうなんだ……」 唯「じゃあ、来週にする?」 梓「でも、今週逃すときっと来週には葉桜になっちゃってますよ」 紬「だったら私抜きでやってもらっても」 澪「そういう訳にもいかないだろ、昼間にやればいいじゃないか それだったらムギも来れるだろ?」 紬「うん。ごめんね夜桜見物じゃなくなって」 律「いやいや、いいって! 昼間だろうが夜だろうが桜の綺麗さは関係ないし!」 唯「そうそう、お弁当の美味しさは昼でも夜でも変わらない!」 梓「花より団子を包み隠さない唯先輩はさすがです」 さわ子「昼間っから酔っ払うってのも乙なもんよね~」 お花見当日 さわ子「ひゃっひゃっひゃっひゃ!」 紬「先生、大丈夫ですか!?」 さわ子「わたしゃ酔っ払ってませんよぉ~」 梓「なんか出来上がってる……」 律「この中で一番自制心を保ってなきゃいけない立場なのにな」 澪「うぅ……。周りの花見客の人の注目を集めまくってる」 さわ子「いや~、しっかしこのお弁当すごく美味しいわね」 唯「憂が持たせてくれたんだ」 さわ子「羨ましいわねぇ~。いっそのこと私も平沢家の子になろうかしら」 唯「さわちゃんと姉妹になっちゃうなんて、この世で一番最悪なことだよねぇ~」 さわ子「それもそっか! あ~っひゃっひゃっひゃっひゃ!」 さわ子「って、何あんた達黙ってるのよ! もっと盛り上がっていかないとっ!」 軽音部一同「……」 さわ子「まぁ~ったく……こんな良き日だっていうのにぃ……」 律「面倒くせぇなぁ……」 紬「今年の花見はいつにも増して楽しいわ」 梓「ムギ先輩の楽しいと感じる基準を詳しく知りたいです」 さわ子「私だってねぇ、PTAと学校の板挟みで大変なのよ」 さわ子「だから、こんな時くらい羽目外したっていいじゃないのよ!」 唯「大変な職についたねぇ、偉いねぇ」 梓「でも、生徒に対してはちゃんと教師らしく振舞ってもらわないと」 さわ子(ちっ! そっちがそうなら、無理矢理にでも盛り上げて……) さわ子「あなた達、もうコップが空っぽね。さぁさぁ、先生が飲み物入れてあげるわね」 さわ子(にひひ……)トクトクトク... さわ子「ほら、このカルピスソーダは誰が欲しい?」 澪「あ、じゃあ私がもらいます」 さわ子「ほい、澪ちゃんね。沢山飲むのよぉ」 さわ子「他の子は?」 唯「私、炭酸系苦手だからムギちゃんの持ってきてくれた紅茶でいい」 紬「魔法瓶に沢山作って持ってきたから、いくらでも言ってね」 梓「私も、ムギ先輩の紅茶がいいです」 律「春とはいえまだ少し肌寒いから温かいものが嬉しいよな」 澪「あ、だったら私もムギの紅茶の方が……」 さわ子「澪ちゅわ~ん! 私の入れた酒……じゃなくて カルピスソーダが飲めないっていうのぉ!?」 澪「ひっ! わ、わかりました。飲みます、飲みますからあんまり絡まないで下さい」 さわ子(うっひっひ。せめて澪ちゃんだけは道連れに) … … … さわ子「で、その男とはそれっきりってことよ」 律「へ~」 梓「ほうほう」 唯「すごいね~」 紬「先生も苦労なさってるんですね」 さわ子「その苦労が人生のスパイスになってるのよ」 唯「だとしたらスパイス効き過ぎな激辛人生だよね」 律「何がすごいってさわちゃんの恋愛遍歴のほぼ全てが片思いに始まり 恋に発展することなく終わっていくってとこだよな」 さわ子「ちょっと! 馬鹿にしないでもらえる!?」 澪 ポ~ッ 紬「あ、ちょっと私お手洗いに……」 梓「場所わかります?」 紬「うん、大丈夫」 さわ子「ったく……あなた達みたいな小便臭い小娘よりかは 私のほうがいくらか経験も豊富だし、魅力溢れてるわよ」 律「でも、私たち女子高だし。出会いとかないし」 さわ子「私だって桜高の生徒だったのよ!」 さわ子「でも、あなた達くらいの頃には好きな他校の男子に告白したりしてたし 恋愛に対して一切妥協はしてなかったわよ!」 唯「その結果メタルに走ることになってしまうとは当時のさわちゃんも思ってもみなかっただろうね」 さわ子「そういう軽口は男子とキスでもしてから叩きなさい。私なんてそれ以上のことも…… ウヒッ、ウヒヒヒヒヒ」 律「まだ昼間ですよ~」 澪「キス……トキメキとスキ」 梓「どうしたんですか? 澪先輩」 澪「なぁ、梓……キスってどんな感じかな……」 梓「えっ? えっと……残念ながら私も経験がないのでなんとも……」 澪「数奇な運命で好きになり 奇数の数だけキスをした」 梓「澪先輩!? 急にどうしたんですか!?」 律「ああ、いつもの発作だろ。にしてもこれはいつもの歌詞より酷いな」 澪「鱚がKISSして海に帰す」 唯「さすがの私でもこれは手放しで褒められない」 さわ子「澪ちゃん、そこは『鱚とFUCK』くらいにした方が勢いつくんじゃない?」 律「この公園のゴミ箱どこにあったっけ?」 紬「ただいま~」 唯「おかえりムギちゃん」 さわ子「ううっ、私もおトイレ」ブルッ 律「そのまま便器にでもはまってきて下さい」 紬「お手洗い結構混みだしてきてたから、もしあれだったら みんなも早めに済ませちゃった方がいいかも」 唯「だったら、私もいってこようかな」 梓「私もです」 律「じゃあ、私も」 澪 ポ~ッ 律「澪は?」 澪「わたしはらいじょうぶ」 律「ん? そうか。じゃあムギと澪でお留守番よろしく」 紬「わかった~」 紬「ねぇ、澪ちゃん。このお花見会場って露店もあるしなんだかお祭りみたい」 紬「りんご飴とか綿菓子とか帰りに買っていこうかしら」 澪「ねぇ、ムギ」 紬「なぁに」 澪「ムギはキスしたこと、ある?」 紬「私は……そういうことはまだ……かな」 澪「キスってどんな感じかな」 紬「ん~、イメージでは甘酸っぱいとか?」 澪「なんだかよくわからない」 紬「まぁ、いずれ私たちだって恋をして……」 そう私が言った時、一陣の風が吹いた 私はその風で髪の毛が乱れないようにしっかりと手で抑える 近くで「キャッ」と幼い女の子が小さな悲鳴を上げる どうやらさっきの風に驚いて持っていたキャラクターものの風船を離してしまったみたいだ きっと露天でお母さんに買ってもらったものだろう 桜の木の枝の間を縫って空へ舞い上がっていく 私は風船がその枝のどれかに引っ掛かればいい そうすれば木登りが得意な、そう例えばりっちゃん りっちゃんなんかはきっと木登りが得意だろうから どれかの枝に引っ掛かればきっとその風船はまた女の子の元に戻るんじゃないか そう思いながらじっとその風船の動向を見ていた 澪「ねぇ、ムギ」 不意に澪ちゃんに呼ばれて目が合う どういう訳か彼女の顔は私の顔のすぐ近くにあった これ以上近づけばきっと私と澪ちゃんは…… そう思った瞬間、また風が吹いた さっきの風よりは幾分穏やかな風 だけど私はその風に対してなんの抵抗もしなかった いえ、出来なかった ただ風が吹くままに髪が乱れる その乱れた髪が私と澪ちゃんの触れ合う部分を覆い隠す まるで二人だけの秘密を守るように どれくらいの間そうしていたのだろうか きっと私の頭の中はいまだかつて無い濃厚で凝縮された経験のために 処理が追いつかなくなりオーバーロードをしていたのだろう なので、私にはその時間を正確に把握することはできなかった ふと気づくとすでに澪ちゃんは私から離れていた 唇にはまだ微かに感触が残っている もう一度女の子が離してしまった風船を見る 2度目の風が吹く前とさほど変わらない高度を漂っている そこで初めてさっきの出来事はほんの一瞬のことだったのだと悟った 私はどういう訳かその風船がどの木の枝にも引っかからずに 大空へ舞い上がって欲しいと願った 女の子には悪いけど、なぜだかそう願わずにはいられなかった 唯「ふわぁ~、さっきすごい風だったね」 律「ほんと、Hな風だったわん」 梓「さわ子先生には幻滅しました」 さわ子「うひひっ、梓ちゃん白だったわね~」 梓「最低です」 唯「そういうさわちゃんは毛糸の赤いパンツだったね」 さわ子「い、いいじゃない。まだ肌寒いし暖かいのよこれ」 律「ババ臭っ」 梓「そんなんだから彼氏できないんですよ」 さわ子「ぐぬぬ……」 紬「……」ポケ~ッ 澪「……」ポ~ッ 律「って2人とも、ぼ~っとしてどうした?」 紬「えっ!? あっ!? な、なんでもないの!」 律「ん? そうか?」 紬「あの、私そろそろ帰らないと!」 梓「もうそんな時間なんですか?」 紬「え、えっと……う、うん、ごめんね」 さわ子「まだまだこれからなのにぃ~」 紬「私のことは気にせずに続けてください」 唯「そっか~、残念だなぁ」 紬「じゃあ、またね!」 澪 ポ~ッ あんなことがあった後だったのでなんだかいたたまれなくなって その場から逃げ出すように帰途に着く 少し歩いて冷静になると慌ててあの場を出てきてしまったことに後悔した なにより澪ちゃんには何も言わずに来ちゃったから でも戻ることなんて出来そうにない 紬「別れの挨拶くらいはしときたかったな」 もちろんさっきの行為に対しての「ごめんなさい」という返答ではなく ただ「じゃあね」とか「またね」といった類のもの ふと先程のことを思い返すと、顔がほのかに熱くなる 思ってもみなかったまさかの出来事、だけど嫌じゃない むしろ…… 私は来た道を振り返り軽音部が陣取っていた場所を探した だけどここからじゃ人ごみに紛れて澪ちゃん達を判別できない 空にはさっきの風船がフワフワと浮かんでいる 紬「どこにも引っ掛からなかったのね。あの女の子かわいそうに」 その言葉とは裏腹に私はなんだか嬉しくなってしまった 私はさっきの素敵な出来事を何度も何度も思い返し ゆっくりゆっくりと家路に着いた ~ ~ ~ ~ ~ 2
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風が吹き、草木が優しく囁く。 そんな緑溢れる大地をゆったりと散策する少女二人。 一人は、可憐な容姿と纏うバラがファンシーな色気を醸し出しており、もう一人は赤髪に長袖のパーカー、ホットパンツとどこかボーイッシュな雰囲気を醸し出している。 傍目からは、少女二人と自然の調和というひとつの絵でも描きたくなる衝動に駆られるほどに見栄えする光景に見えなくもない。 それに反して会話はひどく物騒なものではあるが。 「佐倉杏子。あなたは北で戦ったと言っていましたがなぜ中央を目指すのですか?」 「あいつもそれなりに怪我をしてたし、あんな派手な騒ぎがあったところに留まるとは思えない。なら、どうせなら他にも人が集まりそうな中央から潰していった方が得ってわけさ」 「なるほど。一理ありますね」 とまあ、こんな具合である。 それもそのはず。なんせ彼女たちはその可憐な容姿とは裏腹に、自分たちよりも非力であろう『人間』を狩りに行こうとしているのだから。 一人は新たなる戦いの為に。一人は生きる為に。少女二人はこれよりその道を朱に染めんと進む。 「ん」 ピクリ、とクラムベリーの耳が動く。 クラムベリーが捉えたのは、足音と話し声。 間違いない。参加者を捕捉したのだ。 「どうやら近くに参加者がいるようですね。こちらに向かっているようです」 「あんたの魔法でわかるんだっけか。このまま歩いてればいいか?」 「ええ。数分もあれば姿が見えると思います」 場所は森。まだ太陽が昇りきっておらず薄暗がりのため中までは認識できないが、距離もさほど遠くはないため来訪者の判明も時間の問題だ。 「何人だ」 「二人...いえ、足音はひとつ...話し声もしているのでこちらに気がついている様子もないのですが...」 足跡が聞こえないとなれば、片方は背負われているのか。 なんにせよ構わない。『人間』であれば狩るだけだ 二人は、速さを抑えることなく堂々と歩む。 片や来訪者に期待を寄せ、片や己の襲撃のパターンを脳裏に張り巡らせ。 ほどなくして、二人は来訪者に遭遇する。 来訪者は、二人の存在を認識したところでようやく止まり、杏子もまたそんな来訪者の正体に小さくため息をついた。 「さ、佐倉杏子...!」 「悪い、クラムベリー。いまは手をださないでくれ。一応あたしの知り合いだ」 来訪者は、杏子もよく知る魔法少女、美樹さやかだった。 ☆ 「さやか、あのハンペン顔はよかったのか?」 「...仕方ないよ。ああも炎を吐かれたら近づきようがないし」 アリスと別れたさやかは、まどか達の探索に時間を割いていた。 できれば、ワイアルドから助けてくれたモズグスの力になりたいとは思っていたが、炎の勢いが存外強力であり、近づくことすら敵わない状況であったため、断念せざるをえなかった。 それでも、炎の下手人が敵方であるワイアルドなら多少無茶をしてでも加勢したかもしれないが、撒いたのはモズグスその人。 さやか達を近づけまいとしているのか、それほど周りが見えない人なのか...少なくとも、遭遇時に抱いた好印象はかなり薄まっていた。 それも、さやかが加勢を諦めた理由のひとつである。 (とにかく、いまはまどかを探さなきゃ...) ほどなくして、さやかと隊長は二つの人影を確認。距離が近づくにつれ、その正体も認識する。 一人は知らない女性だったが、もう一人はさやかの知り合い、佐倉杏子だった。 「あんた、その恰好...!」 さやかは、土煙で汚れた杏子の服を見て警戒心を高める。 理由はわからないが、彼女も誰かと交戦したのだと。 「ナリはあんたが言えたことじゃないだろ。あんたこそその様はどうしたんだよ」 かくいうさやか自身も、いや、杏子と比べれば明らかにさやかの方が傷つき薄汚れている。 全身に刻まれた擦り傷、ところどころが破れた衣類、乾いてはいるもののこびり付いている血。 さやかの知り合いでなければ、警戒しない方がおかしいレベルの惨状である。 「待つんじゃ、ワシらは殺し合いには乗っておらん!」 ひょこ、とさやかの背から顔を出し、隊長が制止の声を挙げる。 しかし、さやかはともかく杏子は最初から戦闘の構えとってはいなかった。 「こんな状況だ。戦いのひとつがあってもおかしくないさ。...そんな弱そうな爺さんを連れてるあたり、本当にあんたは殺し合いには乗ってないみたいだな」 「誰が弱そうな爺じゃ!ワシはこう見えても雅様の誇り高きしんえ」 「...乗ってないよ。そういうあんたはどうなのさ」 「遮るな!」 「あたしか?あたしは―――」 『あー、ごきげんようおめーら』 杏子の声をかき消すように、天より声が鳴り響いた。 「な、なによこれ!?」 「おそらく、参加者に現状を報せるための定期的な連絡でしょう」 「なんじゃお前は」 「森の音楽家クラムベリーです。いまは佐倉杏子と行動を共にしています」 「ど、どうも...」 杏子とは対照的に割りと礼儀正しく挨拶をしてきたクラムベリーに思わずあっけにとられながらも、彼女の佇まいから、もしかしたら杏子は杏子で殺し合いを止めるためにクラムベリーと共に行動していたのかなと頭の片隅に思い浮かべる。 が、そんな想いもすぐに塗りつぶされる。 『最後に脱落者だ。これから放送毎に死んだ奴らを読み上げてく』 「――――!」 脱落者。即ち、この約6時間ほどで死んだものたち。 これから呼ばれる一人の親友の名に腹を括り、未だ行方の知れぬ親友たちが呼ばれるかもしれない緊張で、さやかと隊長はごくりと唾を飲み込んだ。 そんな緊張の面持ちの二人とは対照的に、クラムベリーも杏子もさして変わらない佇まいで放送に耳を傾けていた。 『今回の放送までに死んだのは』 ドクン、とさやかの心臓が跳ねる。 『薬師寺天膳、志筑仁美』 呼ばれた。覚悟していたぶんの痛みが、さやかの心臓を締め付けた。 『南京子。一方通行』 呼ばれない。呼ばれない。 『ありくん』 呼ばれない。 『巴マミ』 呼ばれ――― それ以降の情報は、さやかの耳から全て零れ落ちていった。 気がついたときには、もう放送は終わっていた。 「おい、さやか大丈夫か」 「マミ、さんが」 隊長の呼びかけも耳から通り抜けて行き、ようやく彼女の名前を口に出せたかと思えば、抑えきれない震えがさやかを襲う。 なんで死んだ。なんで死んだ。なんで死んだ。 頭の中はそればかりで、悲しみ悼むべき涙も出やしない。本当に生き返ったのかという疑問も遥か彼方に飛んでいってしまった。 なんで死んだ。誰が殺した。誰が殺した。誰が 「殺したのは『人間』ですよ」 まるでさやかの脳内を読み取ったかのようにポツリと呟いたのはクラムベリー。 今まで微笑を携えていた彼女の顔も、その一瞬だけは確かに険しいものとなっていた。 「あんた、マミさんのことを知ってるの?」 「はい。わずかではあるものの、実に充実した時間を過ごさせていただきました」 「なら、教えて...マミさんになにがあったの!?」 「構いませんよ。ですがその前に...」 クラムベリーはそこで言葉を切り、北―――下北沢近辺の方角に視線を向け静止する。 「また参加者か?」 「ええ。人数は二人、それもかなり無用心に、堂々とこちらに向かってきています」 「さっきの放送を聞いた上でそれなら、よほどの馬鹿か、腕に自信があるのか」 納得しているかのように話す二人にさやかと隊長は困惑する。 「え、えっと...」 「私の能力ですよ。詳しくは教えませんが、歩いてくる者くらいは判別できます」 「なら逃げんのか?お前たちもワシらと同じ赤首輪じゃろう」 「こっちに真っ直ぐ向かってくるならここで待ってればいいだろ。変に隠れる必要もない」 堂々と佇む杏子とクラムベリーに倣い、来訪者の現れるであろう方角に目を凝らすさやかと隊長。 ほどなくして、さやか達の耳にも微かな足音が届き、来訪者の輪郭もおぼろげながら浮かび上がってきた。 そして、その姿が明確になり、さやかの背に凍りつくような怖気が走る。 さやかがその肉眼で捉えたのは二人の異様な男。 一人は一糸纏わぬ、文字通り全裸にランドセルという冒涜的な格好でスキップをする筋肉質な青年。 もう一人は白髪にタキシードの、どこかヴィジュアルバンドのような服装の男。 一目で異物だとわかる前者はともかく、後者は服装だけなら若干時代錯誤を感じる程度のものだろう。 だが、白髪の男がなによりも異様だったのは、口元を覆う赤黒い血液。 なにより、その手に持つだれかの残骸が、男の異様さと異常さを際立たせていた。 白髪の男は、四人のもとへたどり着くなり、ニイと口角を吊り上げた。 「これはこれは大層なお出迎えではないか」 眼前の男の放つ醜悪な気と異様さに、さやかは思わず変身し剣を構える。 「み、雅様!」 そんな彼女の背から隊長の声が響き渡る。 雅。その名は、確かに隊長から聞いていたものだ。 「雅様、ご無事でなによりです」 「ハッ、お前か」 目の前の男の異様さに気がついていないはずがないだろうに、朗らかに話しかける隊長に、さやかは困惑してしまう。 「た、隊長...?」 「よかったなさやか。これでもう安泰だ。こんなに早い段階で雅様と合流できるなど、なんて運がいい」 「いや、それよりも、その...」 隊長が嫌々媚を売ってるとは思えない。 なのに、たとえ信頼のおける者だとしても、眼の前の惨状を見てなぜ平気でいられるのか。 なぜ、いまが彼にとって当然とでもいうかのように平然としていられるのか。 さやかの中では、そんな隊長への複雑な感情が滲み始めていた。 「...何者だ、あんた」 いまの雅の姿を見れば、流石に杏子も警戒心を露にし、いまにも槍を突きつけんばかりに睨みをきかせる。 「ぼくひで」 だが答えたのはひでだった。 「あんたじゃねえよ。いや、あんたもわけがわからねえけどさ。...で、改めて聞かせてもらうけど、あんた何者だ」 「私の名は雅。吸血鬼の王だ」 吸血鬼。その単語に、杏子は思わず鼻で笑ってしまう。 別に彼を馬鹿にしたわけではないのだが、教会の出であるため、吸血鬼のような怪物の創作話はそれなりに馴染みのあるものだった。 雅がそれを名乗ったものだからつい噴出してしまったのだ。 「それで、その吸血鬼様がなんのようだ?」 「なに。血の匂いがしたのでね。どんな輩がきたのか見に来ただけだ」 「そうかい」 パァッ、と光が身体を包み、杏子の服が魔法少女のものに変わる。 その光景に、突きつけられる槍と殺意に雅は一切の動揺もなく笑みを深める。 「早まるな。なにも今すぐ戦りあおうというわけではない。私は珍しいものには目がなくてな。この機会に赤首輪の人外とは話をしてみたいと思っている」 「話、ねえ。どうするクラムベリー」 「構いませんよ。興味があるのは私も同じですから」 「だ、そうだ。あたしも構わないよ」 雅に全く物怖じせずに言葉を交わす杏子とクラムベリー。 そんな二人を見てさやかは戸惑うも、話だけなら、と遅れて了承する。 「おっと、忘れるところだった」 雅はひょいと右手に持った腕の形をした残骸を掲げ、口が耳元まで裂けるほど開き。 ガブッ。 血を撒き散らしながらバリバリと豪快な音を立てて噛み砕いた。 一連の流れとその際のご満悦な表情を見て、ドン引きしつつさやかは思った。 こいつとは絶対に相容れない、と。 ☆ 数分後。 情報交換の場を設けた5人の赤首輪たちは身を隠すこともなく、その場で輪となって。 「ぽかぽかして気持ちいいのら」 その輪から外れて、ひではひとりご満悦な表情を浮かべつつ日向ぼっこを始め、気持ちよかったのかそのまま寝息を立てて昼寝を始めてしまった。 「雅様。あれは新しい邪鬼ですか?」 「いや、拾っただけだ。私にもよくわからん...さて、ひでのことはともかくだ」 雅はジロリと一同を見回し、笑みを浮かべる。 「揃いも揃って幼い女とは。まさか貴様たち、暁美ほむらと同じ魔法少女ではあるまいな」 "魔法少女"と"暁美ほむら"の単語に、杏子の目つきは鋭くなり、さやかの心臓がドキリと跳ね上がる。 「あんた、あいつと会ったのか」 「つい先ほどまでは共に行動していたのだがな。結局牙を剥いてきたので返り討ちにしてやったよ。その証拠に奴隷の印も刻んでやった。...仲間だったか?」 「別に仲間じゃないさ」 嫌らしく笑みを浮かべる雅に対し、杏子は依然変わらず。 しかし、彼女の醸し出す空気が変わっていたのは誰もが感じ取っていた。 「おっと、恐い恐い。あんまり恐いからつい手を出してしまいそうだ」 「下らない茶番は止めな。殺されたいなら別だけどさ」 「コラッ、雅様になんて大それた口を!さやか、友達ならなんとかいってやれ!」 「ごめん、隊長。あたしから見てもあいつを止める気にはならないよ」 さやかは決してほむらと仲が良いわけではないし、むしろ警戒しているほどだ。 しかし、だからといって痛めつけたことを嬉々として語る男に肩入れをしようとは思わないし、それに苛立つ杏子の方がまともだとも思っている。 だから、ここで杏子が雅を殴り飛ばしたとしても止める言葉は持てないだろう。 「佐倉杏子の言う通りですね。私たちは茶番を楽しむ為に留まっているわけではありません」 そんな空気の中、険悪な空気を醸す二人に割って入ったのはクラムベリーだった。 「私には目的があります。確かに赤首輪の人外には興味がありますが、だからといって無駄なお喋りに時間を費やしたくはありません」 「ほう。そこまで急ぐ目的とはなんだ?」 「この場における、『人間』の排除。その後に赤首輪の参加者だけで闘争を繰り広げ決着をつけることです」 クラムベリーの宣言に、さやかは息を呑む。 『人間』の撲滅。それだけでなく、赤首輪の参加者間で脱出するための協力ではなく、赤首輪同士での戦い。 今まで大人しかった彼女からそんな物騒な言葉を聞かされたのだ。予想外にもほどがあり、驚愕するばかりで怒ることすらできなかった。 「弱者がロクに戦いもせず、疲弊した強者を屠る...これほどつまらないことはないでしょう。あんな不愉快な想いは二度と味わいたくないのですよ」 「奇遇だな。私も人間は嫌いでね。無意味に恐れ、無意味に嫌う。そんな愚かな生き物たちには心底呆れ果ててしまったよ」 クラムベリーだけでなく、雅もまた人間の抹殺を宣言する。 (そんな...こいつらを放っておいたら、まどかが...!) さやかの背を冷や汗が伝う。 もしもこの二人を放っておき、まどかが遭遇してしまえば。 考えるまでもない。ただでさえ争いを嫌うまどかだ。為すすべもなく殺されてしまう。 (そんなの嫌だ...) さやかの手に自然と力が込められる。 この二人はここで止めなければまどかが被害を被るかもしれない。 クラムベリーも雅もその実力は未知数だ。おそらく一人で挑んでも勝てはしないだろう。 だが、二人なら。この場にいるもう一人の魔法少女、佐倉杏子と組めば勝機はあるかもしれない。 (杏子...!) もとは、皆の幸せを願っていた彼女なら。共に、目の前の悪鬼たちと戦ってくれるかもしれない。 さやかは期待と懇願を込めて視線を投げかけた。 その先には 「いいこと言うじゃん、あんた」 かつて戦った時に見せたものよりも邪悪な笑みがそこにあった。 「大した力も信念も無いくせに、自分と違えば足を引っ張ることしか考えない。あたしもそんな奴等は大嫌いさ」 「ハッ。ならば、お前たちの目的は私と同じということか」 「ああ。あんな奴等を護るなんざ死んでもゴメンだね。さっさと殺すなり結界に放り込んで魔女の餌にするなりした方が世のためさ」 言ってのけた。 杏子もまた、嘘偽りなく『人間を狩る』ことを宣言した。 「な、なに言ってるのさ杏子!」 さやかは思わず叫んでしまう。 彼女は確かに利己的な魔法少女だ。 けれど、それにはそう為らざるをえない過去があり、冷徹なだけでもなかった。 実際、彼女は傍にいたまどかを攻撃するような素振りも見せなかったし、直接人間を魔女の結界に放り込んでいたとも聞いていない。 それを杏子は『する』と言ったのだ。さやかが反射的に声をあげても仕方のないことだろう。 「なに言ってるもクソもない。前にも言ったはずだろ、あたしはあたしの為だけに魔法を使うって」 「でも、あんたは...!」 「知ったような口を利いてんじゃねえよ。あんたがあたしのなにを知ってるのさ」 さやかはグッ、と言葉を詰まらせる。 杏子の過去は確かに彼女の一面だが、それが彼女の全てであるはずがないし、この殺し合いが始まってからの彼女のこともまだ知らない。 果たして彼女は、過去の経験から人間を殺すほど嫌いだったのか、それともこの殺し合いで嫌いになってしまったのか。 もしも後者だとしたらそれは何故? ―――殺したのは『人間』ですよ ふとクラムベリーの言葉が脳裏を過ぎる。 巴マミを殺したのは『人間』だった。 それをクラムベリーが知るのは、マミが殺された場面を彼女が知っているからだ。 そんな彼女と杏子は共に行動していた。 となれば。 (まさか―――) 「青髪の娘。貴様は、『人間』を護るということでいいんだな?」 さやかが解に辿り着くのとほぼ同時、雅の問いかけが被せられ、思考の停止を余儀なくされる。 かつての魔法少女の真実を知る前なら、躊躇わず感情のままに肯定することが出来ただろう。 けれど、さやかもまた知っている。 この世には救いたくない人間なんていくらでもいる。 自分に尽くしてくれる女を消耗品の道具としてしか見ない男や、仁美を殺した少年、そしてあの巴マミを殺した者。 彼らの影が、さやかに躊躇いを喚起させる。 「あ、あたしは...」 言い淀む。 この四面楚歌から逃れるためなら、他の三人と同様に人間の撲滅を宣戦すればいい。 嘘でも真でもそう同意してしまえばそれだけで済む話だ。 けれども、いつも自分を気遣ってくれた親友が、こんな狂宴においても友情に殉じてくれた親友の影が、嘘をつくことすら押し止めてくれる。 「ハッ。まあいいがな」 さやかの返答を待たずして、雅は目を瞑り薄ら笑いを浮かべる。 「貴様が人間を護ろうが狩ろうが、私が楽しめるならば構わない。せっかくの機会だ。明以外にも楽しませてくれる者がいれば歓迎しよう」 雅の意外な言動に、さやかはキョトンとしてしまう。 てっきり、自分に反する者はすべからく排除するつもりだと思っていたが、彼の言動を要約すればそういうつもりでもないらしい。 であれば、最悪三対一の構図になりかねない現状、退くべきかもしれない。 「ただ」 その微かな気の緩みを突いたかのように。 「自衛できるほどの力も持たん輩であれば別だがな」 雅のブーメランはさやか目掛けて投擲された。 「なっ!?」 あまりにも唐突な襲撃に、さやかは反射的に構えていた剣を盾にする。 甲高く鳴り響く金属音。 その衝撃に、踏ん張る為の力すら込められていなかったさやかの足はたたらを踏み数歩の後退と共に勢いよく尻餅をついてしまう。 「くあっ」 「どうした?貴様はそんなものか?」 戻ってきたブーメランをパシ、と掴み、雅はゆったりと歩を進める。 「そうならば貴様は不合格といわざるをえんな。他の参加者に食われる前に私が糧にしてやろう」 「ッ...のぉっ!」 飛び退き体勢を立て直すさやか。 雅は、ブーメランを持つ腕を振り上げ再び投擲し、さやかへの追撃を―――しなかった。 放たれた方向は左。目標は―――クラムベリー。 顔を傾け躱されたブーメランは、空を旋回し再び雅の手元に戻る。 「なんのつもりですか?」 「なに、ただのテストだよ。果たして貴様らが私に従うに値する強さがあるかどうかのな。いまのをかわせたあたり、そこの娘よりは素質がありそうだ」 「わかりやすい解説に感謝します」 上から目線の物言いに対しても、クラムベリーは不快感を顔に出さない。 どころか、浮かべていた微笑は崩れ、凶悪さすら醸し出す笑みへと変わる。 「お返しに私も試させて頂きましょうか。あなたが、巴マミのように私の闘争に足る存在であるかを」 タンッ、と跳躍し、雅との距離を詰めると同時、腹部に放たれるクラムベリーの拳。 雅は躱す素振りすら見せず、防御すらとらず、迫る拳をまともに受け、後方に吹き飛ばされた。 「み、雅様ァァァァ!!」 響く隊長の叫びも空しく、パラパラと砂粒が舞い降りる。 「その程度ですか?あなたこそ、口の割には実力不足の言葉が似合いそうですが」 「これは手厳しい。ならば、貴様の不満を打ち消す程度には頑張らねばな」 立ち上がり、口元を伝う血を拭い、ブーメランで切り掛かる雅。 振り下ろされる凶器に対し、クラムベリーは素手で立ち向かう。 ブーメランと盾のように翳された左腕はカキン、と音を鈍く響かせる。 クラムベリーは、右の拳を固め、雅目掛けて振るおうとするも、その雅の姿は確認できず。 僅かにブーメランへと意識が向いた刹那で何処へ消えたのか。 その解を出す前に、クラムベリーの右拳は、背後にまわっていた雅へと振るわれた。 パァン、と小気味良い音と共に鮮血が舞い、雅の上体がよろめいた。 「ぐがっ」 堪らず呻く雅に放たれるは、クラムベリーの後ろ回し蹴り。 無防備な胸板に振るわれたソレは、再び雅を後方に吹き飛ばし地面を舐めさせる。 「ッ!」 同時、拳に走る痛み。 見れば、叩き込んだ拳の皮が千切られ、中の肉が露出し血が流れ出していた。 「フム。なかなか美味いじゃないか」 もごもごと口を動かす雅を見て、クラムベリーは理解する。 拳を叩き込んだあの瞬間、雅に皮を食い破られたのだと。 (面白い) クラムベリーの笑みは愉悦に染まる。 やはり戦いは同等の力で行われるのが最良だ。 眼前の男は自分の望む闘争に相応しい存在であるようだ。 もっと味わいたい。もっと拳を重ねあいたい。今すぐにでもあの男を蹂躙したい。 (けれど、私はひとつの闘争で満足はしたくない) 湧き上がる闘争の衝動を抑え、クラムベリーはフゥ、と一息をつく。 (す、すごい...) 「5秒」 眼前の攻防の激しさに呆気にとられていたさやかに、クラムベリーは囁くように語りかける。 「あなたが起き上がるまでにかかった時間です。巴マミは本気でない時でも3秒以内には立ち上がっていましたよ」 「あんた...?」 「巴マミは美しく、気高く、強い魔法少女でした。あなたはまだ未熟です。いま喰らったところで甲斐がない。その実が熟す時を心待ちにしています」 自分の言いたいことを告げるだけ告げると、クラムベリーは駆け出し、雅もまたそれを迎え撃つ。 互いの力量は既に測ったのだ。互いに、ここで仕留めるつもりもないのだが、クラムベリーは巴マミとの、雅はぬらりひょんとの戦いでの消化不良感を満たさずにいられなかった。 「まったく...勝手に盛り上がっちゃってさ」 闘争という名のじゃれあいを遠目で眺めつつ、呆れたようにため息をつく杏子。 杏子にとって闘争など合理的に進め、さっさと片付けるべきものである。 いまの段階で雅にもクラムベリーにも争う理由などないというのに、ああも徒に体力を消耗する気がしれない。 (まあ、あのぶんじゃ気が済んだら終わるだろ) あほくさ、と杏子は退屈そうに欠伸をする。 「...それで、あんたはどうするのさ」 ジロリ、と視線をさやかに移し、雅に代わり杏子が問いかけなおす。 「あんたの友達が人間で、ここに連れて来られてるのは知ってる。あいつらはどうかは知らないが、あたしはわざわざあいつまで狩るつもりはないよ」 「!」 「なに意外そうな顔してるのさ。あたしは自分のためだけに戦うって言っただろ。あんたの友達なんて殺すつもりも護るつもりもないさ。 それに、クラムベリーはともかく雅はあたしも気に入らない。ここで殺しはしないが、精精、同盟だけ結んで一緒に行動はしないだろうね」 杏子はまどかを殺すつもりがない。 それだけで、さやかの葛藤は薄らいでいく。 そもそもの話、葛藤の大半がまどかの存在なのだ。 彼女の安全が確保されていれば、この会場の『人間』を排除することに反論する意義も薄くなる。 同盟するにしても、雅とクラムベリーはともかく、杏子ならまだ信頼はおける。 ならば、杏子と同盟を組み、『人間』を排除しマミと仁美の仇をとることこそが最善の道なのではないだろうか。 (でも...) けれど、もしも他の『人間』がもっとまともな者が多かったら。そのまともな者がまどかと親しい関係になっていれば。 自分としてはその人も助けたい。この殺し合いが終わってもまどかと共に一緒にいてほしい。 だが、彼らは違う。たとえ同盟者の友人であっても躊躇いなく殺すだろう。 彼らは良し悪しに関わらず、『人間』が嫌いなのだから。 彼らに同行し、いざというときにだけ止めるという芸当も、実力に差がある自分にはできまい。 唯一自分の味方をしてくれそうな隊長も、雅がいればあちらについてしまうことも考えれば、この選択肢は茨の道となるのは想像に難くない。 (あたしは...どうしたい?あたしは...) 【G-6/一日目/朝】 【ひで@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】 [状態] 疲労(大)、全身打撲(再生中)、出血(極大、再生中)、イカ臭い。お昼ね中。 [装備] ? [道具] 三叉槍 [思考・行動] 基本方針 虐待してくる相手は殺す 0:雅についていく 1:このおじさんおかしい...(小声)、でも好き 【雅@彼岸島】 [状態]:身体の至る箇所の欠損(再生中)、頭部出血(再生中)、疲労(大)、弾丸が幾つか身体の中に入っている。 [装備]:鉄製ブーメラン [道具]:不明支給品0~1 [思考・行動] 基本方針:この状況を愉しむ。 0:バトルロワイアルのスリルを愉しむ 1:主催者に興味はあるが、もしも会えたら奴等から主催の権利を奪い殺し合いに放り込んで楽しみたい。 2:明が自分の目の前に現れるまでは脱出(他の赤首輪の参加者の殺害も含む)しない 3:他の赤首輪の参加者に興味。だが、自分が一番上であることは証明しておきたい。 4:あのMURとかいう男はよくわからん。 5:丸太の剣士(ガッツ)、暁美ほむらに期待。楽しませて欲しい。 6:ひとまずクラムベリーとの『テスト』で欲求不満を解消する。 ※参戦時期は日本本土出発前です。 ※宮本明・空条承太郎の情報を共有しました。 ※魔法少女・キュゥべえの情報を共有しました ※首輪が爆発すれば死ぬことを認識しました。 ※ぬらりひょんの残骸を捕食しましたが、身体に変化はありません。 【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画】 [状態]疲労(中~大)、全身及び腹部にダメージ(中~大) 、出血(中)、両掌に水膨れ、静かな怒り、右拳損傷(戦いにあまり支障なし) [装備]なし [道具]基本支給品、ランダム支給品1~2 巴マミの赤首輪(使用済み) [行動方針] 基本方針:赤い首輪持ち以外を一人残らず殺す。 0 ひとまず雅との『テスト』で欲求不満を解消する。 1:杏子と組む。共に行動するかは状況によって考える。 2 一応赤い首輪持ちとの交戦は控える。が、状況によっては容赦なく交戦する。 3 ハードゴア・アリスは惜しかったか… 4 巴マミの顔を忘れない。 5 佐山流美は見つけ次第殺す。 【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】 [状態]:疲労(中)、雅への不快感 [装備]: [道具]:基本支給品、不明支給品0~1、鮫島精二のホッケーマスク@彼岸島 [思考・行動] 基本方針:どんな手段を使ってでも生き残る。そのためには殺人も厭わない。 0:さやかの返答を聞く。答えにいっては一緒に行動してやるかもしれない。 1:クラムベリーと協定し『人間』を狩る。共に行動するかは状況によって考える。 2:鹿目まどか、暁美ほむらを探すつもりはない。 ※TVアニメ7話近辺の参戦。魔法少女の魂がソウルジェムにあることは認識済み。 ※魔法少女の魔女化を知りましたが精神的には影響はありません。 【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】 [状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、精神的疲労(絶大)、仁美を喪った悲しみ(絶大)、相場晄への殺意、モズグスへの警戒心(中) [装備]:ソウルジェム(9割浄化)、ボウガンの矢 [道具]:使用済みのグリーフシード×1@魔法少女まどか☆マギカ(仁美の支給品)、不明支給品1~2 [思考・行動] 基本方針:危険人物を排除する。 1:人間を狩るか、狩らないか... 2:仁美を殺した少年(相場晄)は見つけたら必ず殺す。 3:マミさん... ※参戦時期は本編8話でホスト達の会話を聞いた後。 ※スノーホワイトが自分とは別の種の魔法少女であることを聞きました。 ※朧・陽炎の名前を聞きました。 ※マミが死んだ理由をなんとなく察しました。 【隊長@彼岸島】 [状態]:疲労(大)、出血(小)、全身にダメージ(大)、全身打撲(大)、頭部に火傷 [装備]: [道具]:基本支給品、仁美の基本支給品、黒塗りの高級車(大破、運転使用不可)@真夏の夜の淫夢 [思考・行動] 基本方針:明か雅様を探す。 0:雅様と会えた! 1:明とも会えたら嬉しい。 2:さやかは悪い奴ではなさそうなので放っておけない。 ※参戦時期は最後の47日間14巻付近です。 ※朧・陽炎の名前を聞きました。 時系列順で読む Back 涙 Next I wanna be...(前編) 投下順で読む Back 涙 Next I wanna be...(前編) 誰の心にも秘められた想いがあって 美樹さやか アルピニスタ 隊長 TOP OF THE WORLD(前編) 雅 ひで Anima mala/Credens justitiam 森の音楽家クラムベリー 佐倉杏子
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泣かないで、泣かないで、笑って! 第2話 照りつける暖かい日差しと、それに反したひんやりとした冷たい風。 夏季に入り、連日猛暑が続いているのだが妙に涼しい。 時折吹き抜ける風が周囲の気温を下げているのか、あるいは丘の下に広がる透き通った湖が熱を気化しているのか、おそらくはその両方であろう。 小高い丘には草原とゴツゴツした岩と所々に生えた針葉木しかない。 そんな自然の芸術で形成された風景に、につかわしくない人物が紛れ込んでいた。 「ふぐぅ…」 男が仰向けに倒れている。 赤いタンクトップに黒いジーンズ、黒く長い髪は適当にはねており、前髪だけ癖になっているのか目元で分かれている。 筋肉質では無いが、身体は引き締まっていて、顔立ちは悪くは無いが、特別良いと言えるほどでもなくこれといった特徴が無いのが特徴であった。 男の周囲には投げ出されたままの状態のギターケースが転がっている。 いつからそこにいたのか、男自身にもわからない。 男は太陽の眩しさから目をそらすように体を横に転がした。 「……」 冷えた風が吹き抜ける。 無意識に身体を丸め、男は体温を保持しようとする。 しかし二度三度と襲い来る寒波に、男は耐え切れず、薄く目を開いた。 最初に男の目に入ったのは一面の若草の緑。 続いて、ヒノキだかスギだかよくわからないところどころに生えた針葉樹とこぶし大から男の背丈ほどもある岩。 立ち上がってみると、高台になっていたらしくそれほど離れていないところに針葉樹の森と、反対側の丘下に大きな湖があった。 「……ふぁ」 未だに寝ぼけているのか、男は現実感の無い風景をあっさりとうけとめた。 そよそよと頬を撫でてくる風が気持ちいい。 男のまどろんだ脳が冴え始めてくる。 それと同時に生じてくる違和感。 なぜここにいるのか、と男の頭に浮かび、家に帰った事も覚えてない、と男は考え、むしろ帰ってたっけ、と男に疑問が生じ、これは夢だなと男は結論付けた。 思考は一瞬。 そして男は両足を投げ出して地面にへたりこんだ。 「……んなわけねーじゃん」 太陽は変わらず眩しかった。 どーしよっかなーっとふざけた様に呟き、およそ真剣に見えない顔で白痴の様に呆けていた男は、ふと気づく。 「っ、携帯!」 男は慌ててジーンズのポケットに手を突っ込んだ。 心情では相当焦っていたのかその行動は素早い。 労せず触れる硬質の感触。 ジーンズから携帯電話を引っこ抜き、液晶画面を確認する。 暫く携帯を凝視していた男は視線を外し、仰向けになり空を見上げた。 「……お約束だよな」 携帯の電波は圏外を示していた。 携帯を仕舞い、男はふて腐れた。 「どこなんだろ、ここ……」 寝そべりながら呟く。 頬に触れる若草がこそばゆかった。 どれ程の時間が経ったのかわからない。 男は体を起こした。 景色は相変わらず森と山と湖。 携帯電話の画面で時間を確認すると、先ほど確認した時間から二時間ほど経過していた。 こんな見ず知らずの安全っと決まったわけでもない場所で無駄に時間を使ってしまった自分の神経の図太さに、男は頭を抱えた。 ひとしきり己の馬鹿さ加減についての後悔を終えた男は、投げ出されていたギターケースを手に取る。 おもむろにケースを開き、アコースティックギターを取り出す。 「げっ……弦が切れてやがる」 五弦目の弦が千切れ飛んでおり、羊司は相棒の無残な様子に軽く凹んだ。 ギターケースにしまっていた替えの弦やピン抜き、ニッパーなどを取り出し弦交換に移る。 何度も弦を交換してきたのか、その手順は鮮やかである。 程なくしてギターが元通りになる。 「調律は、と……」 何度か弦を弾き、音がずれていないか確かめる。 チューナーが無いのが痛いが、高校時代から愛用していた楽器だ。 完璧とは言えなくてもある程度はわかる。 調整は終わり、何度となく練習した得意のフレーズを引いてみる。 慣らしていないので少し五弦が強いが、仕方が無い。 次第に気分が高揚し、抑え目に弾いていたギターを鳴らす音量も大きくなっていく。 明るい曲、悲しい曲、楽しい曲、寂しい曲。 手馴れた様子でギターを操り次々と曲を変え、男は気付かないうちに声を出し、歌いだした。 歌うことが好きだった男は高校一年の時からプロのミュージシャンを目指している。 親には大学に進学して就職しろと反対され、友人には無謀だやめておけと止められた。 周囲の人間の態度に嫌気が指した男は、卒業して家を飛び出した。 幸い高校時代に無駄遣いせずに貯めた貯金で安いアパートを借りることができ、男はバイトとギターの練習で日々をめまぐるしく過ごしている。 日々研磨し努力した賜物か、男の声は周囲によく響いた。 そして、その歌声に惹かれるものが一人。 灰色の外套姿で、フードを目深に被っている為、男か女か区別がつかない。 周囲の木と岩影に隠れながら少しずつ近づいてくるが、あまりにも隠れ方がお粗末過ぎる。 とはいえ、見ているとなかなか面白いので男は気づかない振りをしながらギターを弾いた。 男はそろそろいいかなと思い、楽器を鳴らす手を止める。 木陰から飛び出そうとしていた矢先、音楽を止められ、間抜けな姿で静止する。 その距離およそ10メートル。 外套を着た者と男の視線が重なる。 「あ、あぁ……」 少女特有の高い声。 男の心の中で前面の外套の中は年若い女の子と結論を下した。 「あの……」 黙っていても仕方ないと思い、声をかけようと一歩踏み出す。 その瞬間少女は脱兎のごとく逃げ出した。 「わっ、待ってくれ!」 ギターを置き、起伏にとんだ丘に足を取られながら、男は慌てて追いかける。 「っ! 来ないでっ!」 少女は振り返り、男が追いかけてくるのを見て涙声で叫んだ。 「来ないでっ、追いかけて来ないでっ!!」 「頼む、何もしないから逃げないでくれ!」 静止する声を無視し、少女は逃げる。 「なあっ、ここは何処なんだ!?日本だろ!?」 「違いますっ、来ないでっ!!」 少女の答えに納得できず、男はさらに声を荒げた。 「そんな訳ないだろっ! あれかっ!? 北朝鮮か!? 拉致かっ!?」 「知らない、知らないっ!」 必死で男も追いかけるが、一向に距離は縮まらない。 凹凸の激しい丘を、少女は全く速度を落とさずに駆け下りる。 自分より華奢で小柄な少女を、声を上げ追いかける自分の姿はどう見ても変質者だと思い、男は泣きたくなった。 少女はマントを大きくはためかせ、もう二度と振り返らずに走っていった。 「待ってくれよ……頼むから」 丘を抜け、鬱蒼と茂った森の中で、男は息も絶え絶えに呟いた。 既に、全力疾走ではない。 落ちていた長い木の枝を杖代わりに歩いていた。 気温は低めだが、先ほどの鬼ごっこのせいでかなりの汗を掻いている。 べたついたシャツを鬱陶しく感じながら、時折つま先で土を削る。 道しるべ、のつもりだ。 「なんで……歌聴くときは寄ってくんのに……話し掛けたときは、逃げんだよ……」 苦しげに男は言う。 それにしても、と男は思う。 全力で走っている自分は、別段運動部に所属していたわけでも、特別に体力に自信があるというわけでもない。 学生時代と違い、確かに運動不足はいなめない。軽い筋トレぐらいはしているが、それも軟弱に見せない為の見せ筋を維持する為だ。 しかし、いくらなんでも15、6の少女に、足の速さで負けるほど身体も鈍っちゃいないだろう。 しかし、追いつけなかった。 少女の姿はとうに見失った。 別段勝利に固執する性格でもないが、やはり年下の少女に走り負けると言うのは悔しく感じる。 それでも少女の姿を追い求めるのは、流石に少女も追いつけなかったとはいえ自分と同じ様に体力も落ちて歩いているだろうから、もしかしたら追いつけるかも、と考えたから。 また、走っていった方向に少女はいなくとも、街か何かがあったら誰か住んでいるだろう、とも思ったからだ 「待ってくれてもいいだろうよ、あそこまで怖がられたら流石に俺も傷ついたぞ…」 沸々と理不尽に逃げた少女に対する怒りが募ってくる。 「逃げるぐらいなら近づくなっての。 声かけただけじゃんよ」 男も自分の言葉が理不尽と言う事はわかっている。 しかし言わずにはいられない。 「自分だって変な外套を着て、おかしいだろ……それな――」 突然男は愚痴を止め、身体を木に隠し息を潜める。 慎重に首だけを伸ばし、目標を確認する。 そして心の中で歓声をあげた。 見つけた、さっきの少女だ。 少女はブナの様な木の傍で、両足の膝を地面につけ何かを熱心に覗き込んでいる。 左手には外套に半分隠れているが、円形のザルの様な物を持っている。 男は声を殺して、回り込みながら静かに少女に忍び寄る。 少女は気付いていないのか、暫く木の根元を観察していると、思い出したかのように右手で土を掻き分け始める。 興味をそそられたのか、男が身体を横にそらし少女の手元を見ると、毒々しいイボ付きの赤いきのこがそびえ立つ様に生えていた。 少女はそれを嬉しそうに籠に入れる。 男の顔が引きつる。 少なくとも、こんな毒々しいきのこは自分なら絶対に食べない。 頭が錯乱するか、腹筋がねじれるほど笑い転げるか、下手をすれば死んでしまう。 声をかけるか、否か。 声をかけなかった場合、殺人補助になるのだろうかと男は悩む。 流石に人道的に問題があるだろうと思い、男は少女の肩に手を伸ばす。 声をかけて、逃げられるのはもうこりごりだった。 しかし、肩に触れる前に少女の顔を見て、息を呑んだ。 男が驚くほど少女の顔は整っていた。 ふっくらとした唇、現役のアイドルも羨む様なすっと長い鼻立ち、見るもの全てを慈しむ様な穏和そうな目。折れてしまいそうな細い指を一生懸命動かし、土を掻き、キノコを引き抜く姿は、非常に微笑ましい。 ボロボロの外套に隠れてはいるが、時折除く髪は白髪と呼ぶにはおこがましいほどに美しく、ふわふわと波打っている。 「うわっ……超かわいい」 先ほどの少女に対しての批難する様な愚痴や危なそうなきのこの存在すら忘れ、男は知らず呟いていた。 「!?」 その瞬間、少女が小さな肩を竦ませ、男の方を向いた。その顔には明らかに恐怖の色に染まっている。 少女の震える指から籠が滑り落ちる。 底の浅い円状の籠から、男が見た事もない野草やまだら模様のきのこが零れ落ちた。 「あ、あぁ……」 迂闊だったとしか言いようが無い。 テントの方へ真っ直ぐ逃げてしまった。 男から完全に逃げ切ったと思い込んだ。 貴重な食料に気を取られ、男の接近を許してしまった。 少女は膝を地面につけた状態で外套を握り、身震いしながら自身の行動を悔やんだ。 少女が肩を震わせ、大きな目に涙を溢れさせる姿に、男は酷く動揺した。 「な、泣かないで! ちょっと道を知りたいだけなんだ! 教えてくれたらすぐに消えるからさ! 大声出して追いかけてごめん! 黙ってこっそり後ろから近づいてごめん! 謝るから泣かないで! あと、そのきのこは食べない方がいいと思うよ、うん!」 男は自分でも何を言ってるのかよくわからないが、ひたすら謝ってみる。 少女は何も答えない。 「本当にごめん! 怖いならもう少し離れるからさ、せめて逃げないで」 そう言って男は伸ばしたままになっていた腕を引っ込め、前を向きながら器用に後ずさった。 宥めて卑屈になって。 男はなぜこんなに必死になっているんだろうと思う。 ただ言えるのは、罪も無い女の子を泣かせるのはどうしてもごめんだった。 「本当に……何もしませんか?」 男の願いが通じたのか少女が顔をあげ、初めて自ら声を出した。 「しないしない、絶対に危害を加えないってば」 少女は男に対する警戒心が抜けていないのか、未だに顔を伏せている。 初めて会話への糸口が見つかった男は、必死で自身の無害さをアピールする。「ええと……さ、変な事を聞くようだけど、ここって日本だよね?」 男が少女の顔色を窺いながら、尋ねる。 脅かさないように、泣かせないように。 少女は幾分か迷いながら、答えた。 「……いえ、ここはフィルノーヴ。 ニホン、という国ではありません」 「いや、でも俺さっきまで日本に……っつーか東京にいたんだけど」 「はぁ……」 少女はよく意味を理解しきれていないのか、首を傾げ曖昧に相槌を打つ。 「こっちに来て目を覚まして、日付見ても一日やそこらしか経ってないから……あれ? 日本からブラジルまで24時間で行けたっけ?」 「よく、わかりません……あなたが何を言ってるのか……」 「まあ、どうみてもブラジルじゃなさそうだし、どうでもいいんだけど。 あー、つまり……ここってどこかな?」 「で、ですからフィルノーヴです」 「そんな国聞いたこと! ……いや、大声出してごめん。 泣き顔で怯えないで……」 「グスッ……本当です。 この土地はネーモアと自然に囲まれた大きな国です。 本当に……知らないんですか?」 男は頬を頭を掻きながら少女の言った単語を思い出そうとする。 フィルノーヴ、ネーモア、全く思い出せない単語に男は恥ずかしそうに質問した。 「あの……無知でごめん。 フィルノーヴ、とかネーモアってさ、本当に、何、かな?」 その言葉に今度は逆に少女が驚いた。 大きな目を見開いて、男の顔や服装、一挙一足を観察する。 少女の慌てた様子に、男は少女に呆れられていると勘違いし、自身の常識の無さを恥じた。 「えっ……まさか」 「ごめん、今度からちゃんと現代社会についても勉強するから……」 少女が被りを振る。 そして初めて申し訳なさそうに言った。 「あ、いえ……すみません。 ヒト……だったんですね」 少女の言葉に男は呆然とする。 そして次第に怒りも沸いてくる。 人だったのか、だと? どこからどう見たら人間ではないと思えるのだ。 人が下手に出ていればいい気になりやがって。 どうしてここまでコケにされないといけないのか。 馬鹿にするのもたいがいにしろ! そろそろ少しぐらい叱るべきなのかもしれない。 男は激憤に駆られた表情を隠そうともせずに少女を睨んだ。 男の憤怒の表情に気付いた少女は、恐怖の満ちた顔を涙で濡らした。 両手で胸元の外套を握り締め、まるで親に叱られる子供のようにきつく涙で溢れた目を閉じ、震えながら頭を垂れる。 その姿を見ると、男も怒る気力を無くしてしまう。 「はぁ……俺が悪かったから、そんなに怯えないでくれ。 あと、俺を人間扱いしてくれると嬉しい」 少女は上目づかいに男の表情を確認すると、首を小さく振った。 縦に、そして横に。 「……それで、フィル……なんたらとネルモアって?」 男にもう反論する気は無かった。 早く話しを済ませてしまおうとばかりに質問する。 「……フィルノーブは北寄りのオオカミやクマ、他にも多数の部族が多く住む土地で、森と山に囲まれた国です。 独自の集落の多いこの国は、その土地特有の果実や珍しいイキモノが数多く生息しています。 ネーモアはこの土地一番の大きな湖で毎年この時期になると珍しい赤い顔の白い鳥が群れを成して集まり、数多くの見物客で賑わ――」 「それで、この辺りで一番近い街は何処だ?」 少女の説明を遮り、男は最も知りたい事を確認する。 「なんでこんな国に居るのか、理由は後で考える。 とりあえず電話さえあったら日本の実家に連絡できるから」 「デンワって何ですか?」 「電話は電話だ。 んで、銀行に振り込んでもらって下ろして、飛行機で日本に帰る。ビサなら使えるだろ」 「ギンコウ? ヒコーキ? ビサ?」 少女は本気でわからないのか、首をかしげている。 男は次第に苛つき始めるが、表情を押し殺しながら尋ねる。 「すまん、遊んでいる暇は無いんだ。 とりあえず街はどこだ?」 「はぁ……ここから700ケート程南に行ったところにオオカミの集落がありますからそこに」 「舐めてる?」 「いえ、そう言われましても」 少女は困ったように頬を人差し指で掻きながら答える。 不機嫌そうな男に言うべきか言わぬべきか迷っていた。 意を決し、少女は口を開いた。 男の目から若干視線を逸らせながら。 「ええと、怒らないでくださいね。 あなたは帰ることが出来ないと思います」 「何だって?」 「ここは、いえ、この世界には貴方の言うニホンという国は何処にもありません」 森に静寂が宿る。 男は怒鳴り散らしたくなるのを堪え、少女に尋ねる。 「……冗談にしては面白くないぞ」 「本当です。私自身、始めて外界から来たヒトを目にしたのですから」 「よくわからない。 君は人間だろ?」 男は当然の疑問を口にする。 「ええ、私はニンゲンです」 ただしと口にし、少女は被っていた外套のフードに手をかける。 そして、フードを脱ぎ、隠れていた後ろ髪に手を入れ、サッと後ろに流す。 男は白というより銀に近いウエーブの髪をなびかせる少女に目を奪われた。 否、正確には少女の顔の横についているものに目を奪われた。 それは横に長く伸びた大きな耳。 「私はコリン・ルーメリー・ユイーフア。 普通の、ヒツジの女の子です」 男は声を失った。 頭が理解に追いつかない。 この世界に日本が無くて、そして自分はヒツジの女の子? 頭を掻きながら男は考える。 少女、コリン・ルーメリー・ユイーフアは佇みながら男の反応を待っている。 「ええっと……その耳、よく聞こえそうだね?」 結局、男には無難な話題を出すしかなかった。 「え、はい。 ヒツジですから」 「そっか。 羊か」 「はい、ヒツジです」 あははーっと声を上げ、お互い笑いあう。 そして男が笑顔でコリンに問う。 「ところでさぁ、どこからどこまでが本当?」 「全部ですよ」 コリンの答えに男はブチギレた。 「あーっ、マジですまんかった。 むしゃくしゃしてやった。 今は反省している」 男が髪を掻きながら、あまり反省してそうに見えない顔で謝る。 ビクビク怯えながらコリンは両手で頭を抱えてしゃがみこんで、本当ですかぁと涙声で言う。 その姿に怒鳴ってしまって悪いことをしたと思いつつも、心の片隅でもっと苛めてみたいと不謹慎にも思ってしまう。 「えーとだな。 とりあえず俺自身、正直半信半疑で君から聞いたことを纏める。 ここは狼の集落の近くで、羊が人で、この世界には日本は無いとかそんな風に聞こえたんだが、もう一度聞くぞ。 本当か?」 「は、はい。 正確に言えばウサギとオオカミの、若干オオカミの国側の大陸です。 ニホンという国は……ごめんなさい、本当に無いんです。」 男の嘘は許さんといった威圧する目にコリンは怯えながらも何とか言葉を紡ぐ。 腕を組む男の沈黙を続けろと受け取ったコリンは話を続ける。 「私はヒツジですが、この世界には様々な種族がいます。 先ほどから何度か言いましたオオカミやウサギ、クマなど多数の種族がいますがみんな人間です」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ」 話を遮り、男は慌てた様子でコリンに問う。 「どうみても君、えーっと……コリンさんは人間だろ? 変わった耳飾りみたいな物をつけているだけだろう? 日本語を話しているし、その姿はどうみても人にしか見えない」 「いいえ、私はヒツジです。 この耳は飾りではないですし、私以外にもそれぞれの種族の特徴を持つ人間はいます。 それと私たちが話している言葉はこの世界の共通語で昔から使ってきました。 むしろ、なぜ貴方の言葉が私に通じるのか、それが全然わからないんです」 「……人って人間って事だろ?」 「うまく説明できませんが、ヒトは貴方です。 そして、人間は私たちなんです。」 男は自分の額を手で覆う。 理解しかけているが、理解できない。 そんな態度が現れている。 「今から貴方にとって非常に心苦しいことを言います。 その、怒らないでくださいね?」 コリンが言いづらそうに男に確認を取る。 慌てて男が顔を引き締める。 「落ちる、この世界に強制的にやってくる、という意味なんですが、この世界に貴方は落ちてきました。 外界から落ちてきた人間を私たちはヒトと言います。 ヒトがこの世界にやって来ることは稀で、落ちてきたヒトには一切の人権はありません。 つまり……ヒトと言うのは奴隷や家畜の別称なんです」 「はぁっ!?」 素っ頓狂な声を出し、男は少女を間の抜けた顔で見た。 「ヒトは奴隷という所有物ですから、傷つけ、苦しめ、壊しても罪には問われることはありません。 それと、私自身ヒトを見るのは初めてなのですが、ヒト奴隷はとても高価なものだと聞いた事があります。 人里に入れば確実に、貴方は捕まり売られるでしょう」 男の中で何かが崩れていく音が聞こえた。 何処にも行く当ては無い。 頼れる縁者もいない。 街を歩くことも出来ない。 住む当ても無い。 食べる事すらままならないだろう。 たった一人でこの世界をどう生きていけばいいのか。 「嘘だろ? なぁ……これって嘘だよな?」 男がコリンに詰め寄る。 コリンの両肩が強く揺さぶられる。 「いいえ……すみませんが……」 「帰る方法は……」 「聞いたことが……ありません」 コリンは首を横に振り、男の望みを絶つ。 男はこの世界に絶望し、いたずらな神を呪う。 悲観にくれる男の涙が少女の外套を濡らした。 「私と、一緒に来ますか?」 彼女は言った。 男は涙でくしゃくしゃになった顔を隠そうともせず、少女の顔を窺った。 「私は、一つの町へ定住することはせず、リャマのクトと一緒にいろんな国を旅して回っています。 いろんな国を調べたら、もしかしたら元の世界へ帰る手がかりが見つかるかもしれません。 もし宜しければ、一緒に、行きませんか?」 少女は震える身体を優しさで押し殺し、笑みを浮かべ男に言った。 不安なのだろうと男は思った。 この少女は怖がりだ。 おどおど辺りを窺って、何かに怯えて生きている。 この少女は泣き虫だ。 今日、初めて会ったのに何度泣かせたかわからない。 そしてこの少女は―――とても優しい。 少女の性格からして、ヒト、しかも男と話をするのは怖いだろう。 安全面からも、非力で高価なヒトと旅をするなんて危険極まりないだろう。 金銭面、生活面でも迷惑をかけるだろう。 少女の事を思うなら、一緒に行かないほうが良いに決まっている。 しかし、 しかし、それでも―― 「浅草羊司です。 よろしく、お願いします。 コリン様」 「こちらこそよろしく、おねがいします――ヨウジさん」 一人は、嫌だ。 私の住処へ案内します、とコリンは言った。 落ちた籠に山菜を詰めなおした後、落とさない様にしっかりと両手で持ち、フードを被り直した後、先導する様に歩き出した。 そして少女の数歩後を羊司がついていく。 辺りはかなり日が落ちており、夕焼けが世界を柔らかく包む。 「えーっと……コリン様」 足早に歩くコリンに羊司は、先ほどから懸念していたことを伝えようと声をかける。 「あのっ、ヨウジさん、私に敬語なんて使わなくても……」 表情は伺えないが、声質は困ったという感じが滲み出ている。 「あ、いや。 そう言わないとまずいと思うし」 「一応は主人ですけど、強制はしませんから……ただ、人前で気をつけてくだされば」 コリンが言うには基本的に自分、浅草羊司はコリン・ルーメリー・ユイーフアの所有物になるそうだ。 本人は酷い扱いをしない、敬語は使わなくていいと言っているが、人前だとどうしても建て前というものがあるので、その時だけ、奴隷としての行動を取ってほしいと言う事らしい。 どうも俺は過剰に意識していたらしい。 「あー、わかった。 人前では敬語で様付け。 でも今は敬語も様もいらないんだな?」「はい。 私は普通の、ヒツジですから」 なぜか普通を強調するコリン。 「よく意味がわからんが、わかった。 改めてよろしく。コリン」 「はい。 ヨウジさん」 微かに笑みを浮かべるコリンの姿に、羊司の頬がわずか朱に染まる。 「そ、そうだ、コリン。 ギターを丘に忘れたんだ。 取りにいかないとまずい」 表情の色を悟られたくない羊司は、慌てた様子でコリンに言う。 「ギターって、あのヨウジさんが弾いていた綺麗な音色の楽器ですか?」 「そう、それ。 雨なんて降ったらお釈迦だし、朝露にでも濡れただけでも相当やばいんだ」 頭を少し下げ、考え込むコリン。 しかしすぐに顔を上げ、わかりましたと了承し、先程の道に踵を返す。 「おおっと、その必要はないぜ」 「え!?」 「!?」 突如、羊司でもコリンでもない野太い声が周囲に響き渡り、一本の木の陰から二歩足で立つ、全身毛むくじゃらの狼が姿を見せた。 狼は上半身を黒い鎧を着て、麻の様な素材で出来たズボンに一振りの長い剣を刺している。 「ちょーっとばかし席を外している間におもしれぇ事になってやがるな」 「誰だ、あんた?」 羊司が身構え、警戒心を顕にする。 コリンは極度の人見知りと恐怖で震え、せっかく拾いなおした山菜の籠を取り落としている。 「んー、んー、んーー? 口の利き方がなってないガキだな。 せっかくお前の楽器を拾ってやったのによお?」 よく見ると羊司のギターケースが、巨漢の狼男の肩にかかっている。 羊司は驚き、礼を言おうと一歩前に出る。 「あ、すみませ――」 「まあ、俺が拾った落ち物だから俺のもんだがよぉ。 あと、目的ついでに目の前の落ち物も拾っておくか」 目の前の狼男が何を言っているのか羊司には理解できなかった。 目を瞬かせ、伸ばしかけた腕を止める。 「理解できねぇか? つまり、お前の物は俺の物。 さらに言うならお前は俺の物だって事だ」 羊司の背筋が凍る。 女に告白された事すらないのに、毛むくじゃらの身長がゆうに2メートルを超す狼男に告白されるとは。 どうすれば相手が傷つかず、なおかつ穏便に断れるか、羊司は必死で頭を巡らせる。 羊司の後ろではコリンが頬を染め、はっと何かに気付き、必死で頭を振っている。 「怖いか? 心配すんな、大人しくしていれば危害はくわえねぇ」 獰猛そうな顔に笑みを浮かべ、狼男は羊司に向かってにじり寄る。 「ええと、貴方の気持ちは大変嬉しく思いますが、俺は男でありヘテロなので、貴方の気持ちに応えられないというか近寄んなガチホモがとか思っちゃったりなんかして――」 「はぁ? 何をわけのわからん事を……」 脂汗を流す羊司にコリンはタンクトップを少し摘み、数度引っ張る。 「ヨウジさん、想像してる事はなんとなく理解していますが、多分羊司さんの考えている事とあの人の言っている事は違いますよ」 狼男に聞こえない様にコリンは言った。 「いや、でもさ……お前は俺の物ってどう考えても」 「ヨウジさん、貴方は物です。 つまりあの人は、貴方を手に入れて奴隷商人にでも売るつもりなんですよ。 あとギターも返す気も全然無いです」 羊司にもようやく合点がいった。 そしてゆっくり近づいてくる狼男を睨みつける。 「お前、俺を売り飛ばす気だったのか」 吼えるように羊司が狼男に言う。 狼男はニヤニヤと笑う。 「悪く思うなよ。 最近懐が寂しいもんでね。 あと、さっきも言ったように、おまえはついでだ。」 「ふざけんな! 誰がお前なんかに……」 言い切る前に狼男の膝が、羊司の腹にめり込む。 「ぐ、あ……ぅ……」 「少し黙ってな。 ボウズ」 5メートルの距離から一瞬で距離を詰められ、ろくに受身すら取れず膝をいれられる羊司。膝をつき激しく咳き込む羊司を無視し、狼男はコリンに近づく。 「い、いや……」 コリンは足がすくみ、悲鳴を上げることすら出来ない。 狼男がコリンににじり寄っている姿を羊司は苦悶に満ちた顔で睨む。 背中から突き刺さる弱々しい視線を軽く流し、狼男はコリンの前に立ちはだかる。 「さて、こいつはまあ思わぬ副産物だとして、本題はあんただ」 ヒターケースを放り出し、巨体の狼男の視線が鋭くなる。 「んな外套と人目につかねぇ道通るだけで誤魔化せると思ったか? オオカミの鼻舐めてんじゃねぇぞコラ」 狼男はコリンのフードを掴み、力任せに下ろした。 抵抗する暇もなく、少女の端正な涙に濡れた顔が顕わになる。 「ひっ……」 「自己紹介が遅れたな。 俺はゴズマ・ガンクォ。 誇り高きオオカミの国の戦士だ……とはいえ、城に仕えても乱暴すぎるって理由でたった二月で解雇されたがな」 オオカミの国の人間は基本的に粗暴だとコリンは聞いている。 しかし二月で城勤めを止めさせられるなど、いったいどれ程の事をしたのだろうか。 ブルブルと震えきつく目を閉じるコリンを笑いながら眺め、狼男、ゴズマ・ガンクォは話を続ける。 「傭兵になった俺はある日、妙な手配書を見た。 内容は、前年滅んだ自然公国ルブレーの美姫、コリン・ルーメリー・ユイーフアの身柄についての件だ」 そう言って、ゴズマは腰につけた小型の鞄から、巻物状に曲げられた紙を取り出した。 「ルブレーは滅び、王と后、その娘と息子の殆どが殺された。 だが、臣下に命がけで助けられ、崩壊する城から逃げおおせた姫もいた……わかるよなぁ?」 コリンの顔は既に蒼白になっている。 「コリン・ルーメリー・ユイーフア、生死を問わずワーグイシュー国、大臣、ハンムギーの下へ連れてきた場合……」 スルスルと紙を開く。 「40万セパタだってよぉ!」 そこにはコリンの顔が映っていた。 「全く俺はついてるぜぇ。 たまたま、その手配書を見た日に王女様の姿を見かけて、自分から人気の無い森に入ってくれて、さあ殺ろうと思った矢先、落ち物が現れた。 これも俺の日頃の行いの賜物だな」 下品に笑い声を上げるが、目は笑っていない。 「あ、あぁ……」 「どうした? 姫さん。 さっきからまともに喋ってねぇじゃねぇか」 ゴズマはコリンの肩に手をおき、顔を覗き込む。 「わ、わ、私は……」 「私は? 続きはどうした? 早く言えよ」 「私は……私自身、姫かどうか、覚えていない……」 「はぁ!?」 コリンの言葉にゴズマは素っ頓狂な声を出す。 これはコリンの苦し紛れの嘘だった。 人違いだったらもしかしたら見逃してもらえるかもしれない。 あまり要領が良いとは言えない頭でその場で考えた出まかせ。 しかしあまりにも稚拙な出まかせ。 「お姫さまじゃねぇのか?」 ゴズマはコリンの首袖を掴んで、詰め寄る。 コリンより圧倒的に背の高いゴズマが、少女の身体を軽々と掴み上げる。 「うぐっ……わからないんです……記憶が、無いから」 「何時からだ!!」 「は、半年前……」 「なんで手配書の人相書きと似てやがる!?」 「知ら、ない……」 「っちぃ!」 周囲の木に背中から叩きつけられ、コリンは苦しそうに言った。 喉を鳴らし、威嚇するゴズマの様子に、コリンの瞳から大粒の涙が流れる。 その涙を見て、ゴズマは動きを止める。 そして何を思ったか、しばらくの間涙を流すコリンを眺めていた。 「……はぁ、わかったよ」 急にゴズマが、疲れたようにコリンの首元から手を離す。 ズルズルと木に背中を擦りながら、コリンの身体が大地に触れる。 「けほっけほっ……えっ、あ……?」 突然離された手に、コリンは騙せたのかと思った。 「いや、本物か偽物かどうでもいい事を思い出しただけだ」 ゴズマの言葉にコリンの血の気が引く。 「死体に口無しってな。 姫さんじゃなかっても、そんだけ似てたらばれやしねぇだろ」 「そんな……」 「運が悪かったな、知らねぇ誰かさん……さあ、おしゃべりは終わりだ。 苦しまず殺してやる」 ゴズマは腰の飾り気の無い長剣を抜き、上段に構える。 「た、助け……」 「残念ながらそれは無理だな。 逃げられても困る……諦めて死ね」 コリンは涙を流し命乞いするが、無常にもゴズマの長剣が振り下ろされる。 コリンは死を覚悟して目を閉じた。 森に鈍い音が響き渡る。 「う……ぐ……」 コリンは迫り来る死の顎がなかなか訪れず、おそるおそる目を開く。 「この……ガキィ!」 「コリンに……手を出すな!」 コリンの瞳に羊司が荒い息を吐きながら、太い木の枝を持ってゴズマを睨みつける姿が見えた。 横合いから頭を強烈に殴られ、頭を抑えているゴズマの長剣は、コリンのすぐ隣を通り過ぎ大地に刺さっていた。 「奴隷の分際で舐めた真似しやがって……」 「うるせぇっ!」 羊司はもう一撃入れようと木の枝を振るう。 「舐めんな糞ガキ!」 ゴズマは利き手ではない方の腕で木の枝を防ぎ、長剣を離して空いた手で羊司を殴りつける。 「うがっ!」 ゴズマに派手に吹き飛ばされ、羊司は何度も地面を転がる。 転がるたびに地面に血の跡が残った。 樹木に背中から激突し、羊司は一瞬息が出来なかった。 「ヨウジさんっ!?」 コリンが巨体のゴズマの脇を掻い潜り、羊司の元へと走る。 「ゴホッ、痛ぅ……」 「大丈夫ですか、ヨウジさん!」 仰向けに倒れる羊司。 何とか起き上がろうとする羊司を気遣い、悲鳴に似た声を上げるコリン。 羊司はふらつく足で立ち上がりゴズマを睨み、殴られても放さなかった木の枝を構え直す。 「手癖の悪ぃ奴隷には、躾が必要だな」 痛みの残る首を何度か回し、ゴズマは地面に刺さった長剣を引き抜き、真っ直ぐと羊司とコリンの方へ歩いてくる。 逃げ出したい気持ちを抑え、羊司はコリンを庇うように立つ。 コリンは顔を上げ目を開き、驚いた表情で羊司の顔を見ようとするが、背中からでは羊司の顔を窺う事は出来ない。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 羊司はゴズマから視線を外さず、背中越しに小さな声で言った。 「考えてみれば意外だな。 なんでお前がそこの姫さんを庇う必要があるんだ? 奴隷になる事には変わりないし、もしかしてヒトごときが惚れたか?」 コリンを庇う羊司に興味が惹かれたのか、ゴズマはからかいを交え羊司に尋ねる。 羊司は枝を強く握り、言った。 「お前に言う、必要はねぇよ……」 「まぁ、それもそうだな。 大方姫さんに優しい優しい言葉を掛けられたってとこか」 羊司は黙ってゴズマの言葉を聞いていた。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 羊司が声を押し殺して言う。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 途端、コリンは一目散に森の中を走り出した。 羊司をその場に置きざりにして。 その後姿を見て、立ち尽くす羊司。 「はっはっは。 そうか、お姫さんは悪くないか。 お前のお姫さん、奴隷を放っぽって逃げちまったぞぉ?」 足音が遠ざかるが、ゴズマには自慢の鼻がある。 追うのは容易い。 「コ、コリン……」 「哀れだなぁ、おい。 信じた瞬間に裏切られてやがる」 「コリンは裏切ったりしない!」 「俺は間違いなくこうなると思ってたがね」 ゴズマはコリンの行動を半ば予想していたのか、笑いながら長剣を構える。 「さて、いい加減暗くなってきたな。 闇市が始まる頃だ。 お前を売った金で酒も飲みたいし、姫さんを追わんといけねぇから、さっさと終わらせるぜ」 羊司は距離を取りながら身構える。 「抵抗するだけ無駄だと思うがなぁ」 その距離15メートル弱。 先程羊司が不意打ちを食らったときよりも10メートル程長く離れているがゴズマなら一瞬で詰められるだろう。 「うっせぇ、駄犬!」 「あん?」 実力に完全に差が開いている今、抵抗しないことが羊司にとって最も良い選択肢であろうが、羊司は声を張り上げゴズマを挑発する。 「さっきから、マジでやかましいぞ、駄犬……首輪つけられて頭撫でられたく、なかったら、かかってこいよ!」 その言葉にゴズマの顔が引き攣る。 「俺はな、誇り高きオオカミの戦士だと言ったぜ……もう一遍言ってみろ糞ガキ!!」 羊司はしゃがみこみ、左手で足元の腐敗土を握り立ち上がる。 「狂犬病か……末期だな、頭どころか耳までおかしくなってやがる……」 オオカミである自分より力も体も圧倒的に劣っているヒトに馬鹿にされ、ゴズマは激怒した。 「……売っ払うのは止めだ、ぶっ殺す……死んで詫びろガキィィ!!!」 ゴズマは怒りの咆哮をあげ、羊司を袈裟懸けにしようと長剣を構え走り出した。 木の枝をゴズマに投げつけ、羊死は背中を向け逃げ出す。 「おおおぉぉぉ!!」 顔を目掛け飛んできた枝を難なく叩き落とす。 そして返す刃で羊司を切り上げようとする。 即座に左手の土をゴズマにぶつける。 「ぶっ、糞がっ! 目潰しか!!」 まともに顔面から湿った土を受け、普段感じることの無い目の痛みにゴズマの動きが鈍る。 殺してやる、とゴズマが叫びながら目を擦っている間に、羊司は全力で森の奥へと逃げる。 「ちぃっ、この。 待ちやがれ!」 ゴズマも追いかけるが、思うように視覚が安定しない。 また、羊司はあえて狭い道を通り、巨躯のゴズマは樹木に道を遮られ、思うように走る事が出来ない。 自慢の鼻も立ち聳える樹木には無力の様だった。 ゴズマは目に入った砂を取ることに専念し、立ち止まった。 足音が遠くなる。 土を涙で洗い流し、何とか視力は戻った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 咆哮を上げゴズマは二匹の逃げまわる獲物に死を知らしめる 追う。 強靭で俊敏な脚力を持つゴズマは、瞬く間に羊司との距離を詰めていく。 「っつ、マジで速いぞ、あいつ!」 羊司は背中から感じたことの無い恐怖を受け、冷や汗を掻く。 日本では日常でほとんど馴染みの無い殺人を、この世界の住人は当たり前のように行う。 付き纏う死の影に脅え、羊司の目から涙が溢れる。 「しっ、死にたくねぇ!」 涙で視界が滲み、慌てて腕で拭う。 「痛っ」 擦り傷だらけになった腕が涙で染みる。 なぜこんな事になってしまったのだろう。 羊司は戻れるなら昨日に戻りたいと思った。 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!!」 それ程離れていない場所でゴズマの叫喚が震える体を貫く。 「畜生っ、生きてやる! 絶対に!」 羊司は疲労でふらつく足に力をこめた。 ゴズマが羊司の姿を視覚に捕らえる。 「追いかけっこは終わりだぜ、糞ガキ!」 ゴズマの速度が上がる。 森を踏み荒らす音が聞こえ羊司が振り向くと、すぐ傍にゴズマの姿が見えた。 「やばい!」 速度を上げようとするが羊司の身体が悲鳴を上げるだけで、うまく走ることができない。 羊司の体はとっくに限界を超えていた。 意識は急げ、逃げろと伝えるが、身体が全く追いついてこない。 羊司は先程と同じ様に牽制に砂を浴びせようとするが、ゴズマは両腕で顔を守り、大して効果を得られない。 「ヨウジさん、こっちです!」 万事休すかと思ったその時、コリンの声が聞こえた。 「コリン!」 「そこにいたか、小娘!」 コリンは樹陰から顔を出し、羊司に手を振った。 羊司は頷き、コリンに向かって気力を振り絞り駆ける。 「おおおおぉおおぉぉぉ!」 「ガキイイイィイィィィ!」 ゴズマの姿が羊司の背後に迫る。 「コリンッ!」 「ヨウジさんっ!」 羊司は体勢を低くし、コリンの元へ飛び込む様に駆け込んだ。 身体を屈め、動かないでいるコリンの手を取る。 引っ張られるコリンだが、速度の乗っていないそれは致命的な失敗だった。 コリンのもつれた足がバランスを崩す。 姿勢が崩れ、コリンと羊司は前にうつ伏せに倒れこんだ。 その逸機を見逃すゴズマではない。 二人は振り返り、もうゴズマから逃げ切れないことを悟った。 「終わりだ、糞ガキ!」 ゴズマは速度を落とさず抜剣し、羊司を刺し殺そうと腰だめに構えた。 羊司は考えた。 力では歯が立たない。 逃げ切れるとは思わない。 奴隷になれば生き残れるが、コリンの命は奪われてしまう。 なら二人一緒に生き残るにはどうすれば良いか? 必死で知恵を振り絞る。 19年の人生の中で、最も頭をめぐらせた。 そして思いついた決死の策。 一人が罠をはり、もう一人が囮になる無謀な策とは言えない様な愚策。 出会ったのが数時間前で、まともに話を出来たのがたった一時間前だ。 信頼関係と言えるものも碌にできておらず、片方が裏切れば簡単に瓦解する策だ。 しかし、羊司は信じた。 「げこぉっ!?」 それしか方法は無いからと言う理由からではなく、怖がりで泣き虫な少女だが自分を救ってくれた優しさを信じた。 「げぇーーっ、ご、ごふっ、げぇーっ、げほっげほっげほっ……」 突然ゴズマの身体が上半身だけ急停止し、下半身を前方に放り出した。 剣を取り落とし仰向けになって必死で首を抑えもがく。 「ざまあみろ……駄犬」 羊司とコリンはゴズマの苦悶の表情を見ながら、ゆっくりと痛みと疲労と恐怖に震える身体を起こした。 話は少し遡る。 「コリン……今から俺の言うことをちゃんと聞いてくれ……」 コリンを庇い背中に隠した時、羊司は小さく呟いた。 「は、はい……」 「俺の後ろのズボンのポケットの中に、さっき切れた弦と予備の弦が入ってる。 それを取ってくれ」 コリンは羊司のズボンから、丸めて収められていた弦を取り出す。 「ありました」 「それを持ってこの森を真っ直ぐ走れ」 「えっ?」 羊司の言葉に戸惑う。 このヒトを置いて自分だけ逃げてよいのかと思う。 しかし、 「できません……」 結局、ゴズマの足の速さに逃げ切れるはずと諦念し、また羊司を置き去りにするという良心の呵責に耐え切れず、コリンは俯いてしまった。 ゴズマが何か言っているようだが、コリンの耳には届かない。 「コリン、君のする事は逃げる事じゃない」 コリンの心情を察し、羊司は優しく言い聞かせる。 「君は走って、この弦で森に罠を張るんだ。 出来るだけ狭い樹木に精一杯足を伸ばして弦を結ぶんだ。 俺が、怒り狂っているあいつをおびき寄せる。 出来るな?」 コリンは羊司の意図をよく理解した。 「でも……絶対無理です」 それでもコリンは頭を左右に振り、否定する。 ゴズマのあの足の速さにヒトである羊司が逃げ切れるわけが無い。 「コリン、一度でいいから俺を信じて欲しい」 その言葉にコリンは顔を上げる。 表情は窺えないが真剣な表情をしているのはわかった。 「頼む。 絶対に君のところまで、どんな手を使ってでも逃げ切って見せるから」 その力強い言葉に、コリンは決意した。 「わかりました……信じます」 コリンは一分一秒でも早く罠を仕掛けることで羊司を信じる証とする。 羊司の信頼に報いるためにも。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 行けっ、と羊司は呟いた。 コリンは頷き、恐れを勇気でねじ伏せ走る。 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺は――」 全部聞けないのが少し残念だった。 「どうだ、ヘヴィゲージの弦の味は?」 「ぎ、ざま……」 苦しみ悶えているゴズマに羊司は嘲りを含め言い放つ。 「お前は激昂しやすい性格だったからな。 簡単に挑発にのってくれた」 「何、を、しやがっ、た……」 「ギターの弦をお前の身長に合わせて張っただけだ。 こんな森の中じゃ視界も悪いし、早々ばれない。 しかも樹木と樹木の間が狭いし、枝があるから首を突き出す格好になる突きしかできねぇだろ。 この辺りはコリンが機転を利かせてくれたおかげだな。 あとはお前が勝手に幹に張った弦に全力で突っ込んで自滅したんだ」 「舐めた、真似……じやがって……」 ゴズマは血走った目で羊司を見、這いながら落ちた剣に手を伸ばす。 しかし、その手が長剣に届くことは無かった。 「俺が引導を下してやる」 長剣を拾い、羊司はゴズマに死刑宣告をする。 後ろでコリンが息を呑む。 手を伸ばし羊司の服を指ではさみ、これから行われるであろう人殺しを止めようとする。 「ぎざま……」 「俺はコリンの為、そして自分の為にお前を殺す。 これから何度も誰かに襲われるだろうけど、その度にそいつらを殺す」 「一生、やってな……」 大きく咳き込み、ゴズマは血を吐いた。 呼吸器系の損傷が相当酷いようだ。 「ヨウジさん……」 「コリン、手を離してくれ」 止められないとわかったのだろう。 コリンは伸ばした手を離した。 そして俯き、ゴズマから顔を背ける。 「コリン、しっかり覚えておいてくれ。 俺はこれからも人を殺すって事を」 それだけ言うと、羊司は重い長剣を振り上げ、ゴズマの首を目掛け振り下ろした。 「……行こう、コリン」 「……はい」 ゴズマの遺体をその場に放置し、二人は歩き出した。 コリンはすぐに立ち止まり振り返ってゴズマを見る。 悲しそうな表情で死んだゴズマを眺め、何かを振り切るように目を背け、先を行く羊司を追いかける。 そして二度と振り返らなかった。 置き去りにしたギターや籠を取り、薄暗い森を二人は歩く。 先ほど初めて人殺しをしたのが心に重くのしかかっているのか、二人に会話は無い。 普段あまり饒舌ではないコリンも、何かを言わなければならないと口を開こうとするが、なぜか言葉が出てこない。 コリンが沈黙を気まずく思いながら羊司の背中を眺めていると、突然羊司がコリンの法を向き、口を開いた。 「コリン」 「は、はい。 なんでしょうか!」 羊司の真剣な表情に、コリンは気押されたかのように身を硬くする。 「コリン、その……さっきも言ったかと思うんだけど」 さっき? さっきとは何の事だろう、と思い始めたところで、心当たりがあったのかコリンの頬が赤く染まる。 「しかし、お前も運が悪ぃな。 あの姫さんに出会っちまったせいでお前も俺に見つかっちまった。 全部あの姫さんのせいだぜ?」 「コリンは悪くない」 「他の誰よりもコリンに会えて良かったと思ってる。俺はコリンのことが――」 コリンは耳まで顔を赤くしながら、羊司の言葉を待つ。 「ええとだな、その、きのこは捨てた方がいいと思うんだ」 「はい?」 コリンは耳を疑った。 「いやさ、なんか見るからに怪しさ全開のきのこ取ってただろ? あれって幾らなんでも食べると身体に悪そうって言うか……」 羊司は如何にも言いにくそうに話し、コリンの籠に手を伸ばす。 突然伸ばされた手にコリンは身をすくめる。 そんなコリンを早く俺に慣れて欲しいと思いながら羊司は、さきほどコリンが拾った赤いいぼ付ききのこを手に取る。 コリンは恐る恐る目を開き、羊司の手を見た。 「えーと、ヨウジさん」 「他の食材ならまあ何とか料理できなくも無いけど、これはちと無理――」 「食べませんよ。 これは」 羊司はぴたりと静止する。 「これは食用じゃなくて薬用です。 疲労回復や滋養強壮など様々な効用がある北のこの地方にしか生えない珍しいきのこなんです」 「あ、そうなの……」 それを聞いて羊司は胸をなでおろす。 「心配、して下さったんですね。 ありがとうございます、ヨウジさん」 コリンは微笑み、頭を下げる。 一瞬期待してしまった事とは違うが、羊司は自分を気遣ってくれたことに素直に感謝を述べる。 「ああ、いや、そんな、頭下げないでくれ。 なんだか照れる」 羊司も先程のコリンと同じように顔を耳まで染め上げる。 顔を上げたコリンの顔を直視できずに必死で手を振り、別の話題を探す。 「あ、なんか変な動物がいるぞ! 見てみろって、コリン」 焦る羊司の指差した方角にコリンが目を向けると、全身が薄い茶色に覆われ顔面だけ白い動物がいた。 「あ、クト」 羊司が何かを言う前に、コリンはクトと呼ばれたラクダの様な動物に駆け寄る。 クトは嬉しそうに首をコリンに擦り付け親愛の情を示す。 「くすぐったいよ、クト」 「随分馴れているんだな」 危険はないと判断したのか羊司はクトに近づく。 コリンは微笑みながら頷く。 「ずっと一緒に旅してたの。 クトはリャマっていう動物の種類で、荷物の運搬とか随分お世話になってるんです」 コリンはクトの頭を撫でながら答える。 「へぇ、これからよろしくな。クト」 羊司が頭を撫でようとすると、その手から逃げる様にすぃっと顔をそらした。 「あ、こら」 「ふふっ、嫌われちゃいましたね」 人好きな性格だからすぐ仲良くなれますよとコリンは笑いながら、クトの首にかかった手綱をとる。 歩き出したコリンに逆らわずクトは歩き出した。 「こっちです。 羊司さん」 「あぁ、わかった」 一人じゃなかったんだなと考えながら羊司は、コリンとクトの良好な関係に笑みを浮かべた。 「ここです。 羊司さん」 案内されたテントは思っていたよりも大きかった。 モンゴルのゲルを一回り小さくした円形状のテントは、骨盤がしっかりしているのか、ちょっとやそっとでは倒れる心配は無さそうだ。 周囲には炊き出しに使った鍋や、簡単な岩を並べたコンロがあった。 「初めてヒトを入れるんですけど、ドキドキしますね」 コリンが照れくさそうに言った。 羊司は異性の部屋に入った事が数回あったが、それほど興奮したりはしなかった。 しかし今は心臓の音がコリンに伝わるのではないかと思うほど緊張していた。 コリンは蚊帳を開き先に入り、羊司を中へと促す。 「汚いところですけど、笑わないで下さいね?」 「あはは……」 羊司が苦笑しながらテントに足を踏み入れようとし、ふとその場で動きを止める。 首をかしげコリンは羊司の動きを観察する 「ヨウジさん?」 「あ、えーと……これから俺が何時までかかるかわからないけど、元の世界に帰るまでお世話になるだろ? その度にお客さんとして扱われるのはどうかなーと思うわけなんだ。 あー、だから、つまり……その――」 コリンの目を見れないのか、しきりに目を泳がせる。 「ええとだな……これからよろしく、ただいま……かな?」 「はい……私こそ、よろしくお願いします。 お帰りなさい、ヨウジさん」 コリンと羊司はお互い微笑みあう。 暗く寒い森の中の小さなテント、異世界から迷い込んだヒトの男は孤独で泣き虫なヒツジの少女と共に暮らし始めた。 男は自分の世界に帰るために、少女は未だ自分が何をすればいいのかわからず旅を続ける。 これは歴史に刻まれるヒトと人間の寄り添いあった生涯を描いた物語である。 「コリン、ギター弾いてやろっか?」 「わぁ、聞きたいです。 ヨウジさん」 「よし、じゃあ外にでよう」 「はいっ!」 二人の未来に幸多からん事を。
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「……そう、死んだの」 「……ええ。自殺、ということになっています」 「……ふん。あの化け物には相応しい死に方だわ」 「…………。 では、息子さんの亡骸はこの先に。 ご案内いたしま、」 「結構よ」 「……は?」 「だから結構よ。 それとあんなモノ。わたしの息子だなんて言わないでちょうだい」 「……そうですか。 では、書類手続きだけ―――カウンターの方で、お済ませください」 それに、彼女はふん、と不機嫌そうに鼻をならすと、高いヒールをツカツカ鳴らしながら部屋から去っていった。 「……ふう。 相変わらずね。あの親は」 まったく酷い親だ。 高貴な家の出だかなんだか知らないが、息子をああも他人扱いするなんて。 ……まあ、確かに。 変わった症状の少年だったけど。 「男くん……か。 私には、普通のいい子に見えたけど」 主治医として長く一緒にいたから、情が沸いたのかもしれない。 ……まあ、でも、あの安からな顔を見たら、あの子には、後悔はなかったのだろうけど。 「あなたには―――後悔が、あったのかしら」 そう、誰もいない中空に、私は一人、呟いた。
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